航海日誌

2002年11月10日(日) きたかぜと共に

かえって来た名古屋も結構な寒さでした。(笑)
息が白くなり、私の部屋は暖房しつつ16℃。(涙)

●芸術とアートとおのおののゲイジュツロンなんか。

よくわかりませんが。
情デ(情報デザイン)の人は、自分の論があっても、相手の考えを聞くときは、聞くし、尊重したり、「ああ、そういうこともあるね。」と言ったりする。時には反論もするけれども、基本的に自分のポリシー変えず、お互い刺激しあってる…ように見える。
でも、一部の洋画やゲイジュツロンとやらをとてつもなくラブラブリーなひとたちは、時に勘違いしてたりする。情デの人でもそういう人はいるから、他のクラスに同意を求めるのは、難しいのかもしれないけれども。
SEのお姉さん曰く、それは人それぞれやろ。と。
ええまあ。中原センセのような人もいるわけですし。
そのようなことを話していて、私の持論をあげるとすると(いえ、持論というより憶測とかぎりない希望?)原因は博物館などにもあるのではないかと思う。
これまでの博物館美術館等は、海外からの作品をどんどん展示保管するような機関だった。それは今も変わらないし、これからも変わらない。けれども、それを受け取る側の認識と、知識が違う。
今と、十年前、三十年前。それでは、多分違う。
知的財産というけれども、もちろん、それはそうなんだけども、表現するということは、自己内部でのもので、それを外部に「見て」もらう為に、アートという表現を使うのだと思う。
遠くにいる人に連絡をとる手段に、手紙や電話、ネット、テレビ、ラジオなどを使うように、アートは生きる為に人間と人間の間でとりおこなわれる、「コミュニケーション」の手段なんだと思う。
そんなこと今さら気付いたあたりで何学んでいたのか泣きたいくらい情けないけれども。
だから、芸術は自らの表現だけに偏ったものではなく、自らの内部をよりわかりやすく「伝達」することが必要なのだと私は思う。
それは、たとえ、洋画でも日本画でもメディアでも染色でも陶芸でも同じことで、そもそも歴史の過程でそのような分類になっているだけで、「原理」というか、「素」は同じなのだ。
だから、情デは何をやっているかと言われれば、中西センセイが言った通り、「生きる」ことをしているわけだし、洋画でもそれは同じではないかと思う。ここで「同じ」というと、洋画を生きる手段としている人に怒られそうだけれど。
 
それで、何が言いたいのかというと、今までの教育ないし、日本における芸術はある一定の範囲内でのものだということ。
一つの答えしか出ないようなものでしかなかった。…こう言うと乱暴かもしれないが、少なくとも、それに疑問や発見、さらに発展させずに来たのが「狭い」範囲でしか表現できない人間を作りだしたおおまかな原因じゃないかとわずかばかりの知識の中で推測する。

だからといって、今までの歴史を否定するのではなくて、それがあるからこそ、今からの発展があるのじゃないかと思う。
あるいは、融合した新しい形への変化と成長。
そんなわけで、この点を考慮した上で、学校美術とか、芸術と名のつく教育のカリキュラムも、生徒はむしろ受動態ではなく、「学び、考え、教える」
そして、教師と一緒に作りあげていくことが、社会におけるほんとうの意味での学びではないかと思う。(思う。思う続けて申し訳ない。)
なので、今回の「試み」というのは、新しい試みだが、そうやって試行錯誤して実行していくことを積み重ねることで、その後の新しく芸術を学ぶ人にとって柔軟性のあるものになれば私としてもとても嬉しく、通新教育だからこそ作り上げれる魅力になるのではないかとまた勝手に期待をし、次回につなげたい。

●最終プレゼンと私。

様々な噂ばかりが交錯する中で。(笑)
どんより雪が降りそうな胸のうちを抱えている学生は多いと思う。
皆のプレゼンの計画を聞いているうちに、自分だけではないはずなのに、自分だけが出来ていないようで、とても不安になり、あせる。
その中で、今回情デのお馴染みの方々と、中西センセイと話す機会があり、もう一度じっくり考えられたのが今回最大に良かったと思うし、これだから通信はやめられないと、(→だまされ気味?)少し興奮している。
原因は何なのか。
本当にそれがいいのか。
そんなところをつきつめていくと、本当に無いと思っていた原因があるからまた不思議である。
それまで随分モヤがかかっていた、私のプレゼンも、皆とセンセイの雑談(?)…いえいえ、問答で、また一つクリアになった。
できるかどうかわからないけれど、やりたいところは決まったので、やることにする。
正直、レポートや演習も嫌いで、凹んでいたけれど、違うクラスの広島のお姉さんに元気づけられて、やる気になる。(単純だ/笑)
でも、人に応援されるとやる気になるから人間不思議だ。
少しだけ、がんばれば希望が見えるかもしれないと、そういう現金さもあるのだけど。
続けて行くのはつらいこと。
自分を成長させていくのも、辛いこと。
けれど、悩みがなくては人生つまらないから、むしろ悩まない方が人としておかしいから。どんどん迷えばいいのだと思う。
まるで悟った人みたいですが(笑)
新幹線でいろいろ考えて、沢山たくさんありがとうと思った。
そのありがとうをかえせたらもっといいなと思った。
だから、アートは食べ物じゃないけれど、この世に必要なのだとも思った。

………ねむくなったんでここでおしまい。


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