さて諸君、ひさしぶりだ。
今日は私の泥酔加減からこのような文体になることをお許し願いたい。
正直、私にとってはどうでもいいことだ。
彼女と彼の関係なんて。
久方ぶりに会った友人は、相変わらず愛くるしいまでの肢体で、その白磁のような面としなやかな指先で、一体どれほどの男達を狂わせたのかと思わせるような「今どき」の女性であった。
あまたの男達があるいは女さえ惑わされ幾度彼女に貢いだことだろう。私も幾度となく彼女の魅惑の虜となったろう。
イゾルデは幸せであったか。
そんなことはどうでもいい。 死を愛であるとはきちがえたバカな女の結末なんて。
彼女という存在は、私にとってとても愛おしくもあり、憎らしくもある。
誰からも好かれ、誰からも見放される。そんな女だ。
孤高の女王、そういう表現が遇う。
その心はいつも孤独があるというのに。
いつしか彼女に熱をあげたものたちも、やがてその一瞥さえ貰えず去っていく。
彼女というのはそういう人である。
哀れとは言うまい。私のような不調法者を慕ってくれているのか、都合が良いと思っているのかはわからないが。 それでも長い年月つきあうことができたのも、また彼女の魅力だろう。
先日別れた男性との話を終始聞かされたとしても、どうして彼女を恨むことができようか。
まことに、「恋」とは奇妙なもので、「恋」という言の葉に支配されてしまうと、そこから何も見出せなくなってしまう…もちろん、それだけではないが。
しかし、彼女の其れは「恋」では無いのだ。…彼女の身に着けている高価な時計ほどの価値があるかもわからない。 彼女にとっての恋とは、人に見せ、聞かせるためにある「アクセサリー」と同じものなのである。
全く、他人のことなら冷静になれるものだ。
イゾルデがその自己満足でトリスタンの後を追ったのかはわからない。 そもそも、人を愛するということは、随分身勝手なことであるからそれもまた、仕方のないことであろう。
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