| 2002年07月15日(月) |
探偵小説とわたくし。 |
さてさて、今日は短かめに。
こんばんわ。四亜です。
何故にこんなにも探偵小説というものが世の中にもてはやされているのか、さてさて無知なるわたくしにはわからぬことでございます。
しかし世の中とは理不尽で、不都合なものでございます。
自らの不満・不平を勧善懲悪という箱に入れてしまった時、この探偵小説の本当の役割というのが見えてくるのでございます。
人を殺すということは、最も罪深く、人でない畜生あるいは人以下のモノが行うことでございます。探偵というのは、これらが存在しなくては成り立ちませぬ。
世の中には悪人が五万とおります。その悪人を制することができずはがゆい思いをしております人もまた五万といわずおります。
さてさて、物語りの探偵というのはその正確の善し悪しは別として、ある意味で「犯人」または「加害者」を裁く立場におります。 たかだか、探偵が、人以下のものを裁く。これほど面白い見せ物もありましょうか。
そして読者というのはその探偵ーあるいは人間以下に自らを投影し、悪人を裁くことでこの不条理から逃避しようとするものではないかと考えております。
新撰組しかり、時代として割り切るよりあの残虐さを顧みた時に、それでもなお白と青の羽織りに焦がれる人は後をたたない。
スーパーヒーローと、悪役。
この二つがなければ何ごとも成り立たないことなのでございます。
さて、それはともかくとして、わたくしは探偵もそれはそれで好きですが、それより犯人にも興味があります。 犯罪学における人間以下の皆様の心理などどうでも良いことですが、バカバカしい動機にもとづいて彼等が葛藤し、狂気に落ちてゆく姿は滑稽でつまらぬものではありますが、それもまた因縁の一言で片付けてしまうのも、興醒めでございます。
何故にスーパーヒーローを求めるのかというと、やはりそれ、そこは誰もが輝きたいと切望してやまないのに、誰もそれに成るという努力をしないからでもあります。
しかし、そんな皆様の期待を一身に受けたスーパーヒーローは一人しかいらっしゃいませんので、皆様のお願いを叶えるにはなかなか困難でございます。探偵が山程出るような某小説は別でございますが。
もっとも、自らがスーパーヒーローだという自覚症状をお持ちになれらている方ばかりでも、物語りの売れ行きが下がりそうなので問題ですが。
さて何を言いたいのか自分でも今一つ謎な文章を書いてしまいました。まあいつも通りといえばそうです。
誰もが主役になりたいけれど、それは無理なことなのだと。
いつか書いたような、気もします。
それはその人の心の持ちようではないかと思うのです。 一つの人生に於いて、自らを主役とするか傍役とするかは、その人次第。
スーパーヒーローになぞ、だれでも成れるものなのでございます。
そういうわけで今日のわたくしのお話は終いです。
|