| 2001年11月28日(水) |
果てないちからを信じて(林原) |
というわけで。ネタが尽きてきたので林原の「OVER SOUL」(だと思う。) 空と大地が交差している今たたずんでいるこの世界で。 というフレーズがとてもお気に入り。
今日は。めっさ。 疲れてます。 仕事はそれほど疲れて無いです。 つまり昨日の疲れが。今日来たのですね………ああもう。年がね……。(涙)
絵の上手い人は五万といるけれど。というのが母の口癖でしたが。
ほんとうに、上手い人がいるとまず
泣けて来て。 幸せになって。 くやしくなって。
まけるものかと描く気になって。
こんなのわたしにだって描けるわよ! とか思いつつ。
そんな時点で技法しか見て無い自分がヤな感じ。
……絵は語ると終わらないのでこのへんでやめて、
勇気と素直さについての考察。
別にどうってことないんだけど。 なんかこういう人っているものだけど。
責任負わない人っているよね。
わたしも大概無責任ですが。
人に指図される立場の人間は、わりとそういうことを忘れているものだけど。やったことに対して責任を持てない人間っていやだなぁと思いました。
とにかく色々気がつくことがあったり、「見える」ことがあったり。 そういう日。
例えば、あるとても駄目な人がいたとして。 その人の悪いところは皆が分かっていて。 でもその人を傷つけない為に「何も」言わないでいるのは。 とても卑怯なことだと思う。 それは、その人の為じゃなくて、自分の為に自分が、「悪い」立場にならないように防衛するんだと。 本当は、駄目な人にちゃんと「言える」人の方が正しくて。 もしかして、それが人から指されるようなことであっても。 その人の行ったことは、必ず報われると思う。
とかいうのも。 例えば、会社の取引先で、自社に対して礼をかく会社はそれまでだし、それでも人としての「礼」を忘れなければ、見ている人は見ているもの。 会社と人は違うというけれど。 人の「礼」はそのまま会社の姿。 例えば、とても失礼な人がいたとしても、その人に対した礼はいつかきっと自分のものになるから。 自分にかえってくるから。
いいことをすると自分に返ってくるというけれど。 いいことも悪いことも関係なく、 とてもあたりまえのことが。欠けている世界なんだなぁと 少しだけ悲しくなった。 自分を基準としてるわけじゃない。
深く敬うような人はいますか。
礼を心からつくせる人はいますか。
教育に必要なのはむしろ、こういう部分なんじゃないかなって思う。
うーん。今日も固いですね。 最近「ヒカルの碁」の影響で、碁が打ちたいと思う。(笑) 面白そうだよね。チェスとか将棋よりは分かりやすそうだし。…難しそうだけど。碁盤って高いのかなぁ。……コンビニで売ってたっけ? ……どうでもいいけどアキラくんは、ハク様に似てますね。(笑)色とかそっくり。(笑)
とりあえずオセロで父に勝てるようになってからにしたいものです。 カードゲームはまだマシなんだけどなぁ…。
というわけで、今日はここまで。月末です。今週は忙しいなーっ ガンバロー!
ああ、歌いたい。
|