Gift -spiritual song- 
Bordeaux Snow



 J−POP と 洋楽クラシック映画音楽etc. の 格差?

 

 ここ最近、師匠やルーマニアシンガーとの活動が多いので、

 映画音楽、洋楽、クラシック系などと関わる機会が多かった。


 師匠や 彼女に共通する 映画・洋楽・民族音楽系へのシンパシー。

 今まで私の語法の中にはかなり少なかった部分。

 
 師匠も、色んな音楽を許容していると言うけれど

 どうしても、感性で 受け入れられないもの が あるんじゃないかな。

 それは 流行の和製R&B やら ばさばさな 俗っぽいJ−POP。

 粗野なんだろうな・・・

 師匠の 大胆で繊細で高尚な 宇宙的音楽観から見たら・・。


 尊敬するし 私も 素晴らしいと 感じるんだけれど

 私、それだけじゃないんだ。

 師匠の聴き方で 音楽を捉えると たぶん
 
 ケミストリーやゴスペのようなR&B系、 

 ミスチルやグレイなど和製ロック系、

 ヤイコや椎名林檎系、

 小室系、 エイベックス系、

 その辺り 全然 認めてなさそう・・・・。


 「そんな、いい物は俺だって認めるんだし、一くくりにするなよー」

 という師匠の声が聞こえそうだけど・・・。

 でも、 何ていうかなー

 ヒットチャートへの 抵抗感とかも あるんじゃないかな・・・。

 
 わからない こんな事 絶対 私の心の中でしか言えないけど

 あってるかどうか わからないし・・・まだ 分析には手探りだけど。


 師匠、 何かに 傷ついてるんじゃないかなって 思う。

 バンドで 全国的な賞をもらって 10年以上活動していて

 それでも、バンドとしてデビューは出来なかった。

 「いい物を作る事に 専念する」
 
 もちろん 正解。正しい。 

 私が間違ってるのかもしれない。わかんない。

 でも、その言葉の 裏側に 何か 傷がある気がするの・・・

 流行系の J―POP の世界への コンプレックス?何だろう?

 わからない・・・・・

 私が師匠と活動を進める中で、

 何でかわからないけど、物凄い 閉塞感を感じて、

 正しいのに、苦しい・・・・・・

 そんな時間が 続いた。

 「自分自身の素敵さ」と、「閉塞感の正体」

 それらを 探すために、 

 今は 師匠と ちょっと距離を置いている。


 私、ちょっと下世話系?(って括るのもナンだけど(^^;)・・・)
  
 素の状態で、好きだ。

 子供っぽいかもだけど、恋の悩み系の歌詞つけて歌う

 和製R&Bみたいのも好きだし。中島美嘉、ケミやゴスペやら・・。


 今、ケミ・ゴスペ・ZONE・宇多田・平井堅・ヤイコ・Do As etc.の

 セレクトCD 聴いたあとで、

 セリーヌディオンやマライアキャリーのCD聴いてる。

 驚いた。

 私、前者のCDの方が 楽しく聴いてる。

 素晴らしい、高尚、芸術店高いのは 絶対後者。

 でも 私自身の心が 解放されるのは、前者なんだ。

 
 これは 慣れなのかな?

 関わってきた時間の長さだけ?

 それとも、感性の決定的な違い?

 日本語か 英語かの違い?

 わからない。

 でも 閉塞感がないのは、私の心が解放されるのが、前者。
  

 その辺りの趣味は、師匠とも ルーマニアシンガーとも

 共有出来ない部分なんだ。きっと。

 
 「私自身」 の 輝きを 取り戻したら きっと 

 私の  素敵さ・弱さ と

 師匠の 素敵さ・弱さ 

 両方が、冷静に見つめられるようになるだろう。

 そしたら

 価値観のぶつかる部分は 回避 出来る。包み込む事が 出来るはず。


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 今 私は、

 師匠の ステイタスや 経済力や 環境と

 自分の今の場所との あまりにも違いに 深く傷ついている。

 
 「そんなことは 君の価値には 本当に関係ないんだよ!」

 と 何百回 繰り返して言ってくれる師匠。

 本当に そう 思っているんだろう。
 
 だけどね。

 師匠自身に それが言い切れるのか 私には わからない。

 師匠自身は そういうコンプレックスや 悔しさ 傷

 そういうものが 何にもなくて

 ぽや〜んと 好きな音楽 創ってたら いつの間にか こうなってた、

 みたいな言い方するんだけど・・・。

 私も それを 信じきらなきゃならないと思って 苦しんでたけど

 違うんじゃないかな、実態は・・・。

 逆かもしれない。

 そう思いたい、理想に強く近づきたい、自分がいるんじゃないかな・・。

 本当は、師匠自身も そういう事に 捉われそうになって、

 捉われないよう 大事な事を見失わないよう 

 自分自身に 言い聞かせるように 私に 話をしているのかもしれない。
 
 でも 私には 

 「俺も そういう事 気になって苦しいんだよ」
 
 とは 決して言わない。 

 何故かというと、いい格好しいだから。

 特に 弱い立場の私の前で いい格好をしていたいんだろう。

 あとは、そういう弱い部分を 決して、

 見ない、認めない、プラス方向へ逃げるように、

 自分を保つタイプなのかもしれない。


 師匠に取り付くデビルも 自分自身のデビルも

 一手に 引き受けてたのかもしれない・・・・・。

 顕在意識の部分では 確かに 師匠は正しい。

 でも 潜在意識で 周囲の心弱い人を 傷つけて

 自分を保っている・・・・・

 そんな感覚がある。

 無意識なんだろう。シザーハンズのような 刃を心に持っているのかも。

 
 私は 違うの。
 
 弱さや 刃を、自分自身に 向けてしまうの。

 傷ついて、 降参して

 そこから這い上がるしかないの。

 不器用なんだ きっと。

 この方法でしか、いい音楽 創れないの。


 ここに書いてる事は あまり認めてもらえないかもしれない。

 認めたくないことなんだろうし 

 そうやって保って生きている生き方まで

 私が介入することじゃない。

 でも 「私自身」が 感じている事を 捻じ曲げられるのは もう嫌だ。
 
 私の世界は 偏っていようが、間違っていようが、

 師匠に 捻じ曲げられて 治るとか そういうものじゃない。

 自分で気づくしかないから・・・・・

 だから 自分への信頼感が 戻るまで 

 一人で感じて、考えて、自分がいいと感じる物を目指せるようになるまで

 頼らない。

 

2005年04月04日(月)
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