クラスター爆弾禁止条約が、日本も参加して採択された。 最大保有国のアメリカ・中国・ロシアは無視だそうだが、 このところ、こういう国際的な問題で、 日本政府がアメリカに追従しなかったのは初めてではないかな? 10年ほど前の地雷禁止条約以来、というべきかな?
防衛省や自衛隊の強い反対にもかかわらず、福田翁が決断したそうだ。 支持率低迷の危機感で、少しは庶民の目線に立つことができたのだろうか。 この条約への参加はあたりまえだと思うが、 いろいろな意味で、福田翁、よくやった、と褒めてあげたい気分だ。
今朝の「天声人語」がすばらしいので、引用しておこう。 私が書こうと思ってたことも、私よりうんと上手に書いてあるんだもんね。 さすがだなぁ、と思う、、、塵語などとは違うのだ。 簡潔で「痒いところに手が届く」というのはこういうのを言うのだろう。
群れをなして舞い降り、自爆によって敵を葬る。生き残った仲間は草むらなどに潜み、戦いが終わった後も子どもらを殺し続ける。どこの鬼畜部隊もかなわない、クラスター爆弾の残酷さだ。
人殺しの道具に善も悪もないが、この兵器はとりわけタチが悪い。親爆弾が空ではじけ、数百もの子爆弾を雨と降らす。いくつも残る不発弾はわずかな衝撃で爆発し、何年にもわたり民間人を死傷させる。地雷をばらまいたように、平和が戻った後の生活、土地、時間を奪う。
人道上の批判がようやく実を結び、この週末、クラスター爆弾のほとんどを禁止する条約が国際会議で採択された。不発になりにくい最新型を除いて、参加国は発効8年以内に全廃する。慎重だった日本も同調し、手持ち分はすべて廃棄するという。 情けないことに、米国、ロシア、中国などは条約づくりにさえ参加していない。それでも、対人地雷のように国際世論で包囲し、軍事大国が「使いづらい」状況を作ることはできる。条約を一歩にしたい。
自衛隊は「人道的」な最新型の調達を検討するらしい。長い海岸線の防衛に欠かせないという。だが、敵軍の本土上陸という「机上の危機」に備える前に、やるべきことは多い。首相の決断で同意した条約だ。廃棄の実績をもって、同盟国や周辺に平和国家の範を示してはどうか。
現実論に百歩譲っても、およそ人道的な爆弾などない。兵器は人間の弱さ、未熟さの証しだ。作っては壊す無駄のきわみ。不幸の根はいつも、武器ではなく、武器を手放せぬ者にある。
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