TENSEI塵語

2008年03月14日(金) 通夜

明日の葬儀に出るのがいいのだろうけれど、
明日は午後から定演の準備に出かけなきゃいけないこともあり、
(しかも準備だけでなく、開演前余興演奏の初の合わせもあるらしい)
たいへん慌ただしい。
何とかきょうの通夜に行っておきたいものだ、と思うのだが、
きょうは午前中は高校入試の面接試験、午後は選抜の会議と作業で、
何時に終わるかわからない。。。

幸い、会議は案外順調に進行し、作業もひょっとしたら4時半に終わるかも
というペースで進行していった。
ところが、どうも教務主任も教頭も、早く終わっては恥みたいな感覚で、
あらゆる場面でやたらと時間を引き延ばし、
できるだけめんどうな点検作業をつけ加えているように見える。
最後の約40分は、こんなに人数がいてもしょうがないのに、
おおぜいに無駄な時間を過ごさせてちんたらちんたらやっている。

それでも何とか5時10分の勤務時間終了と同時に終わったので、
大急ぎで帰宅し、着替えて、通夜の会場に向かった。
通夜に間に合うのにぎりぎりの時間である。
結局、もう少しで会場につく直前に渋滞に遭い、
しかも、駐車場が満車で駅のタワー駐車場に回らされたため、
15分遅刻してやっと会場に入った。

涙をこらえ、目を潤ませずにいられない参列というのは、
20何年か前の、大学時代に家庭教師で教えていた教え子の葬儀以来だ。
というより、この2回だけである。

彼の名前の前には、小さめの字で「故」とつけられている。
いなくなってしまったことがまだ納得できていない。
あの場所に座っていると、そのことをまざまざと教えられるわけだが、
「故」の字も遺影も読経もその現実をつきつけているにもかかわらず、
それとは裏腹の、まだいるはずだ、の幻想が二重写しになる。

どうして突然逝ってしまわねばならなかったんだ?
せめて、だんだんと逝ってくれれば、
これほどつらい思いをしなくて済んだかもしれないのに。。。

彼の老後のプラン。。。
日本語教師としてしばらく東南アジアのどこかで日本語を教える。
やがて世界放浪の旅に出る。
最期は、モンゴルの荒野で夕日を眺めながら死を迎え、鳥葬。。。

そんなとこで淋しく死なずに、僕らのいるところで死んでよ、と言っても、
笑って否定していた。
墓参りのたびにモンゴルまで行くのはかなわん、と言っても聞かなかった。

何度も語っていた彼の最期の夢はかなわなかった。
あまりに突然に最期がやってきたので、かなわなかった。
あと3年で定年退職、それまでに日本語教師の資格を取る予定だったが、
来年から始めるぞ、と意気揚々だったところに死神が訪れた。

人生のプランなんて、あてにならない。

私など、彼よりうんと不摂生で、体に悪いことばかりしているし、
それを忍耐で改める気力もないだらしない人間だから、
ホントにいつぽっくり逝くかわからない。
停年までムリに勤めるのやめて、早めに退職して、
生活を切り詰めてでも、好きなことやって暮らすかなぁ、と真剣に考えた。


 < 過去  INDEX  未来 >


TENSEI [MAIL]