| 2007年09月07日(金) |
「ハッピー・フィート」 |
ミュージカル動物映画かな? と思いつつ見始めたら、 「皇帝ペンギン」が始まった。 求愛の歌とダンス、産卵、メスの旅立ち、卵を守るオス、 ブリザードでのオスの群れのスクラム、、、このあたりはもちろん 入念な映像のドキュメンタリー「皇帝ペンギン」の方がおもしろい。 また、途中で主人公マンブルの友達になるペンギンたちは、 「皇帝ペンギン」の特典盤に入っていたアデリーペンギンだ。 出産に備えて熱心に石を集めて巣を作るペンギンたちである。 あの映画の映像を土台に作られたCGアニメなのだろうか?
全体として、歌や踊りのミュージカル的パフォーマンスと、 スピード感あふれるダイナミックなアクションシーンが満載で、 それだけでも退屈することなく楽しめた。 ただ、目玉のタップダンスが、脚の短いペンギンだったので、 かわいいのは確かなんだけど、いまいち小気味良さが伝わりにくかった。 また、セリフに直接的表現が多くて、何となく説教臭い感じがした。
もっともヒヤヒヤしたのは、ストーリー展開である。 特に、終盤の人間世界と関わるあたりから、寓意と現実のバランスを、 こちらの心の中で調整するのに戸惑った、という感じかな?
マンブルは欠陥のある子ども(または未熟児?)として生まれる。 父親が卵を守っている時期に一度氷の上に落としてしまったことがある、 卵がダメになったわけではないが、他とは違う子に生まれてしまった。 歌が歌えない、、、それでは将来求愛できないから、 彼らの使命である種族保存をまっとうできそうにない、落ちこぼれとなる。 しかも、毛の生えかわりも遅い。 しかし、マンブルには生まれながらにして別の才能があった。 タップダンスである。 しかしこの才能は、皇帝ペンギンの大人の世界には受け入れられない。 奇行であり邪道でしかない。 早くからダメな子という烙印を捺され、世間からつまはじきされた子は、 どこに居場所を見つけ、どう生きて行ったらいいのか、、、と、 ここまでは、個性とか偏見とか因習の葛藤劇として見ることができる。
ところが、マンブルは餌不足の問題に関心を抱き、 それが人間のせいだと確信し、人間を追って長い旅に出るはめになった。 そうして力尽き、保護されて水族館に送られた。 水族館の中で彼は人間たちに向かって、魚を捕るなと叫んで訴える。 もちろん彼の言葉が、見物客の耳に届くわけがない。 彼は次第に気力を失い、生きながらの死に体のようになってしまった。 このあたり、あまりに生々しい感じがしてそれまでとのギャップが大きく、 ヒヤヒヤしてしまった。
ある少女がガラスをリズミカルにつついて、マンブルの注意を促した。 その少女のリズムが、マンブルの生まれながらのリズム感を目覚めさせた。 彼は得意のタップダンスを踊り出す。 見物客は大騒ぎ、、、報道屋がケータイで連絡をしたりしている。。。
次の場面でいきなりマンブルは故郷に帰ってくる。 実に唐突なのだが、人間たちがこの不思議なペンギンの居所を知るために、 マンブルを南極に戻して、その帰る先を追跡しただろうことが察せられる。 マンブルを中心に若いペンギンたちやマンブルの父母も踊り出す。 そこに人間たちが取材にやってくる。 その5人の人間たちとマンブルの、さりげない心の交流。 その踊るペンギンたちの映像が世界に発信され、人間世界では ペンギン保護のための漁獲制限が議論される、、、という展開。。。
見ている間は戸惑うことの多い映画だったけれど、 反芻してみると、なかなかいい映画だったんじゃないかな、と思う。 CG制作陣にもっと頑張ってもらって、ラストの踊りの場面をしつこく、 そのまま群舞の映像でエンディングタイトルをしめて欲しかったものだ。
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