TENSEI塵語

2007年08月31日(金) あきれるばかりの文科省素案

きょうの朝刊のトップの見出しは「小学校授業 30年ぶり増」。
文科省が中教審に提出した学習指導要領改訂のための素案だそうだ。

朝刊がまとめるその3つの柱は、
1 小学校の主要教科の授業時間を1割ほど増やす。
2 小学校高学年に、「英語(外国語)活動」を週1コマ設ける。
3 「総合学習」の時間は週1コマ減らす。

ちなみに、私が知る限りでは、小学校の英語の時間は、
今まで「総合学習」の一環で、それが独立するということだ。

お役所の人たちは気楽だ。
授業時間を増やせば学力向上につながる、
小学生から英語を勉強させれば英語能力や国際感覚が増す、などと
因果論なのか条件反射論なのか、実に短絡的な机上の論理で仕事をする。

小・中学校の現状はそんな生易しいものではない。
心的障害をもった子どもたちが増え、授業成立に腐心しているのだ。
時間数を増やしたところで、その困難さは変わりないのだ。

まずやるべき事は、学級定員を減らし、しかも副担任を配置するか、
1学級2担任制度にする、さらに、教科担任制を中学年から実施することだ。
それをした上での授業時間増だったら、これほど呆れはしない。
現状が何もわからずにただ机上の因果法則や条件反射的理論を打ち出すから
無知でアホなやつらと言わざるを得なくなるのだ。


英語を週1時間学ばせることを徹底したって、大人数である。
中学校に行っても、やはり大人数である。
しかも、上記のような、授業成立の危うさに悩まされる状況のままである。

私の学校に来る生徒はそれほど優秀でない。
特に、英語と数学の苦手な生徒が多い。
その英語の能力を見るに、まず第一に、英語の発音をしてきてないなと思う。
単語を読ませても、とんちんかんな発音をする場合が多い。
基本文型程度のセンテンスでも、その基本の自然な語順で言えない。
たぶん、読むことも話すことも、単なる反復練習さえも、
ろくにやって来なかったのだろう。
授業成立が困難な上に、40人近くもいては、
よほど学習意欲がない限り、ほとんど英語を口にする機会がないはずだ。

本当に英語(外国語)の勉強をさせたいと思うのなら、
小学生から始める、ということにこだわるよりも、
まずは、中学での英語教育を改善することだ。
最高8人のグループに1教員という単位で教えることができるよう、
しっかり整備すべきだ。
語学でもっとも大切な基本は、口を動かすということである。
早期に始めても、口を動かすことが少なかったら、何の意味もない。
我々日本人が日本語をマスターするのに、文法は必要なかった。
より理解するために文法は助けにはなるけれど、
我々が日本語を使えるようになったのは、真似てしゃべったからである。

私自身の体験を付け加えると、
私は中学時代、英語の教科書をよく音読してほとんど暗誦していたし、
英作文も好んでやっていたし、英語のテストで100点取らないのは恥だし、
他の苦手な生徒に懇切丁寧に教えたりもしていた。
その点では、その後県下第一の進学校から東大に進んだ友人に負けなかった。
大学時代も、国文科の友人たちに教える格好になったこともある。
それでも、英語で会話ができるかというと、まったくダメなまま今に至る。
理解できるというのと、実際に使えるというところに断絶がある。
その認識がないと、語学教育は語れないのだ。

悩みなき、脳天気なお役所仕事の机上の空論で教育が振り回されて、
とても「再生」なんて期待できん。
きょうの記事であきれることは他にもいくつかあったが、
きょうはこれぐらいに搾ってメモしておこう。


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