雑記帳
日々の感慨、経験、その他をつらつらと

2001年10月03日(水) ほんの少し残ったすてきなもの

書かなくちゃならないことがすごく多い気がする。
そもそもなんで私が日記なんぞをつけてるかっていうと、
誰かに自分の考えてることを知っていて貰いたい気がするのはもちろんだけど、放っておくと自分でも、日々感じた、ちょっとした感慨とか感動(?)とかを忘れ去っちゃうに違いないって思ってるからで。
だから、色んな出来事があると、書きたいことが・・・。
でも嫌なのは、ただ出来事だけ書いてもちっともおもしろくないってことで。問題は、それから自分の考えをちゃんとまとめて書けるかどうか、らしい。

さて。
文化祭で私と友人達は、「3年○組意識調査〜アメリカ同時多発テロ関連〜」などというものをこそりと出した訳ですが。
白状してしまえば、親に「おもしろくないおもしろくないと思いつつ、我慢して最後まで読みましたよ」とケナされて私はへこんじゃったわけです。
確かに集計結果の分析は無いしコメントもいい加減で発表としては手抜きでしょう。記述回答も、ほぼ全部を省略・切り捨てナシで載せるという暴挙に出たためひたすら長くて読みづらいでしょう。
でもね。
41人しか居ない自分のクラスメイトの意見なんだから、私は省略とか切り捨てをしたくなかったんですよ。新聞や学校の授業みたいに、集計結果からこっそりと自分の意見を誘導するようなことを恐れたから分析しなかったってのも本当なんですよ。
とまぁ、私が価値があると思っていたことが、あっさりと否定されてしまった訳で。他にも、私はまだちっとも親の影響から抜け出せないのだなぁとか、どうしようもない世代間(生きてきた年月の)の差って奴に気付いて引っ込めワレモコウめとか、30年後は私も向こう岸かぁとか、そんなことを考えて、その夜は(またまた恥さらしだけど白状すれば)泣いてたのですけど、例によって翌日にはケロリとしてました。
ケロリとしてちゃダメなのは判るんですが。


話は飛びますけど。
私は、生きることとか、人生とか、地球の存在とかの無意味さを怖がるつもりはないんです。(今のところ)
宇宙が生まれたときから、「存在」そのものに意味や目的は与えられなかった。なんだか妙なややこしい言い回しになっちゃったけど、「神がおつくりになった、だから意味がある」とは言い切れない、って思ってます。
地球ができたのも、素晴らしい偶然の産物だと思ってます(今のところ)。
そう、それでも。
(陳腐な例だけど)人と人との関わりにちらちらと垣間見える色々な心の動きとか、歴代の学者たちが積み上げてきた数学や物理の式とかは、ほんの少し残ったすてきな、意味のあるものだと思うのです。

うーん、まだ上手く言えないのだけど・・・。
よく小説なんかで、広い砂浜であるのかないのか判らない小さなものを探すってイメージがありますよね。
ちょうどそんな感じがしてます。
というか、そんなゴマ粒みたいなものがある、自分にも見つけられるって一生懸命に探していなければ、人は生きていけないんじゃないかしら。

なんだか妙に小説じみた表現になってしまって嫌だなぁ・・・。


 <<少し幼い頃  目次  少し時が経ち>>


かずおん [HOMEPAGE]