ずんだいありー
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2002年04月30日(火) BD

ということで誕生日。とうとう、20代最期の年を迎えて
しまいましたが言うほど、特に思いはあらず。
単純にいろんな方からいただく誕生日おめでとう!
死ねこのババァ!メールに感涙しながら29歳になったという
わけでございます。

ありがとうございました。

さて、丸一日過ごす仙台ステイは今日が最期。
にも関わらず、起床時間は遅かったため、家を出たのは
既にお昼を回ってから。
今日の行き先は多賀城市にある「東北歴史博物館」。
旧石器時代から近現代までの東北全体の歴史を時代別に
9つのコーナーに分けて展示しているもの。
まぁ、そんなところより友達が誘ってくれたのは
特別展の「観光旅行-大正〜昭和のツーリズム-」という
もの。
日本の都市がその機能と特色を強めるにつれて「旅行」が
ポピュラーになってくるんだけどその旅行の目的とそれを
ガイドする鳥瞰図や地図が時代によって異なっていくことを
発見できたのはとても面白いものだったわん。

もともと、江戸の頃にスタートした日本旅行、特に長い
期間する旅行の目的は「伊勢参り」ちゅう宗教的な目的を
主とするものだったのね。それが明治以降は鉄道開通を
経て都市と都市をつなぐ旅行へと変化していくの。
それに伴って重要になるのがそれぞれの都市のガイド。
それがまた時代ごとによって異なっていて東北エリアの
地図はどんなに遠くても必ず東京と富士山が一緒に書いて
あって、さらに軍国主義の色が濃くなってくる昭和初期に
なってくると必ずといっていいほど、満州、朝鮮、樺太が
霞の方向に字ずらだけでも登場するのよね。これもまた
面白かったわ。

当時の鉄道地図を見るとたとえば、東武東上線の中板橋か
どこかと東武本線をつなぐ予定があったこと、それから
東上線の名の通り、東京と上州をつなぐべく寄居以降、
高崎まで延伸する予定があったことがわかったりとか
郊外へ向かう電車の先には高尾山や、向ヶ丘遊園ちゅう、
娯楽施設が整備されているのも現在に続いていて面白い。

仙台なんて長町→秋保温泉、北仙台→中新田を結ぶ鉄道が
あったことなんて知らなかったし、北四番丁の「丁」と
「宮町」の「町」には意味として違うことも初めて知った。
仙台の歴史もついでに知ることができてそれはそれは面白い
特別展だった。

でも、この博物館がいいのはここだけじゃなくてまずは
建物がとても優れた美術建築物だということがありますな。
仙台にありがちな「ハコ」にとどまらずとても有効的に
空間がとられていてそれが人工的ではあれ、周りの風景に
溶け込んでいるのが気に入ったわ。

さらにさらに、ここの中に入っているレストランが秀逸!
「ビストロレストランK」(→マークがカルバンクライン
みたいなの)は人工池に面して作られていてとても気持ちよく
ご飯を食べられる。しかも提供するご飯が単純なパスタとか
じゃなくてちゃんとしたコースを提供するの。
どうやら江陽グランドホテルのシェフがそこで腕を振るって
いるらしく魚のポワレなんざ、なかなか仙台では食べられない
味だと思いましたわ。
仙台西部にお住まいの方、多賀城・七ヶ浜近辺にお住まいの方、
ぜひ、一度どうぞ〜、って宣伝しちゃう。
http://www.thm.pref.miyagi.jp

夜。

友達の家でタイカレーを作ることになり、百済で一緒に過ごした
Codiesを招き「宮町ババァの会」第二回総会を開催。
タイカレーはかなり上出来。さらにその後に再度、デロンギの
アイスクリームメイカーでバナナアイスクリームを作る。
これがまた、上等で秀逸!美味スィ〜ト☆
素敵な仙台の夜はあっちゅ〜まに更けていきましたわ。

冬の間、石焼芋を売っているおっちゃんたちが仙台地域では
夏にわらびもちを売っているらしい事実、それは事実か??
さらに言うとあの人たちは青森ナンバーだともいう情報が。
なつにそんなもの売っている人々を東京で見たことないわ。
石焼芋を売っている人は夏、どうやって東京で過ごしているの
かしら。気になるわ。

今回の仙台旅行は自分にとって大切な人がやっぱり仙台には
いるんだということを強く確認することになったいい旅行だった
なぁ。東京って本当に広すぎてすぐに友達と会うというわけには
いかないのが常だけど仙台ではそれがいとも簡単にできてしまうし
その簡単さは親密さを繰り広げる上で非常に有効だとも思う。

後1回、アイス食べたいけど、明日の新幹線はお昼ちょい前。
アイスを作るメイカーは冷凍庫で10時間以上冷やしておかないと
いけないっていうことでちょっと疑問。
でも、もう一回、食べたい。
無理だろうなぁ。

また、仙台にもう一回住みたい。




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