ずんだいありー
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ということでJOURNALを別サーバで管理することにしました。こうしたほうが多分もうちょっと日記を書く機会が増えるような気がするのよね。会社でもかけるし←給料泥棒です。
4月はすでに半分が過ぎようとしてる。前半はアメリカからジェシカっていう友達が遊びに来ていたので一緒に過ごして1週間。箱根まで出かけたり、2ndクラスツアーと称して、カレーライスを食べ、ユニクロと無印良品と100円ショップをツアーしたりして過ごし、免許の書き換えにわざわざ鴻巣までえっちらおっちら出かけたりしていたら大好きな4月はあっというまに半分が過ぎてしまった感じ。本当にもったいないわしの4月。
大好きな彼からは4月に入ってまだ2回くらいしかメールをもらってない。仕事でニューヨークにいるそうなんだけどなんだかそれもどうでもよくなってきてる。あきらめたわけじゃないけど、その一方でメル友みたいな人を好きになっててもただエネルギーを無駄遣いしているような気もしてる。
自分が好きになった人がいろんな理由で自分に振り向いてくれないときのあのエネルギーの消費といったらないと思う。更にそのエネルギーが「振られる」っていう決定的な事実によって関係が完全固定されてしまったときに一気に悲しみとなって襲ってくる。あまりにエネルギーが大きすぎてトラウマになってしまうくらい。
今まで自分のことについてはほとんど自分でなんとかしてきたと思う。きっとみんなそんなもんじゃないのかしら。それか誰かに依存したりして自分勝手になんとかマネージしてきたんだと思う。だから自分勝手に人を好きになったりしても、相手が自分を好きになってくれないっていうのは人生の中で本当に思い通りにいかない最大のことだわ。それにそこには自分のすべての感情が詰まっているからそれを否定されたときの拭いがたい屈辱感というか自己完全否定を克服するのは別のエネルギーが相当必要になる。それを今までもう2回も経験した。これで3回目になったらもうごめんだ。
前にも書いたかもしれないけど今までに衝動的に人を好きになったことは2回しかない。そしてその2回とも振られるっていう形で完全に終結してしまった。今、思えばあの感情はなんだったんだ?なんでわしはあの人をすきになったんだ?って本当に不思議な気分になっちゃうんだけどそのときはすべてをかけた思いで好きだったのよね。
だからそれが「付き合えない」っていう言葉で返されたときの自己の崩壊感は今でも忘れない。そしてトラウマになっていて僕は自分の恋愛に対してなかなか自信をもてないでいる。もっとつきつめて言えば自分の「人を愛する」ということを27も終わりになってまだ知らないでいるっていうことを認めなくちゃいけなくてとても辛いのだ。大学院まで進んで勉強して、外国にも暮らして、外国語も話して、日本語も話して、有名企業で働いて、お金も稼いで、親からもかわいがられて、兄弟にも親戚にもいい子だってほめられて、友達も多くて、先生にも気に入られてきた自分は、その自分が一番ほしいもの、「自分を愛して愛して愛してくれる人」をまだ見つけられずにいる。今まで自分のやりたいことをなんだかんだいってやってきた自分はその人を見つけて早く自分を愛する人になってもらいたいって自分勝手に思っているのにそれができないでいる。もどかしくて、悔しくて、つらくてさみしくてむなしい。早く、逢いたい。早く、つながりたい。早く付き合いたい。早く、恋人になって離れられない存在になりたい。
っていう思いも自分勝手がすぎるかしら。あたしは欲求の強いオンナ。
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