| 2002年07月03日(水) |
ワンダフルばあちゃん |
脱衣所の水道工事がまだで、実家まで洗濯機を借りに行ってきました。 母と昔話をしてきたのですが、 新潟地震まで住んでいた家のこと、街のこと。その中でのお店や暮しのこと、小さかった私にはおぼろげにしかわかりません。 母の話の中に、八百屋さんで知り合ったおばあちゃんに、私は非常になついていて、「ワンダフルばあちゃん」と呼んでいたらしいのです。 その呼び名にどこか記憶があるものの、その方のお顔も姿も全く覚えていないのです。今頃になって、どうしてワンダフルばあちゃんと呼んでいたのかと聞かれても。私の方が知りたくらい。 どんな方だったんだろう・・・そしてあの街の人たちはどこへ行ってしまったんだろう。 かなり大きかったし、人口も多かったのに、地震で焼け誰もいなくなってしまった。セピア色の臨港町、漁町(りょうまち・・・たぶんこの字だと思う)どこかに資料とかあるのかしらと、ふと思ったのでした。 そんな思いをはせることに自分自身の歴史、年齢を感じてしまいましたが、今、信濃川河口の「みなとトンネル」をくぐるとタイムトンネルに入ったような気がするのです。こちらから入って出たところが、その街のあったところなのです。 ワンダフルばあちゃんはもうたぶん亡くなられた年齢だとは思うのですが、紙芝居やさんの来た空き地。いつも写真を撮ってくれるお姉さんのいた八百屋さん。紙ぼぼさんごっこを飽きることなくして遊んだ千賀子ちゃん。その想い出は、たぶん私の人生の初めての記憶なのかもしれません。 写真の中の記憶と現実の記憶が入り乱れて、47年前にタイムスリップした一日でした。3歳の頃の思い出話です。
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