たりたの日記
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昨日の日記のつづき。 ここにカラヴァッジョ展のことを書いておこう。 全体的なことは、すでに発表されている新聞の記事や美術館のインフォメーションにお任せして、わたしはあくまで、わたし自身のカラヴァッジョ体験を。 観賞というよりは、ひとつの体験だった。 これまでのシャガール体験、ルオー体験、ゴッホ体験がそうであったように、絵からわたしの深部(ヨガの世界では真我というのだろうか)に流れ込んでくるものがあり、さらにそれは私自身の魂と結びついてしまう。一旦結びついてしまったものは、年月が経ってもその記憶は薄れることなく、記憶とは別の部分で生き、それ自体が動いたり、大きくなったりと進化していく。そうした体験。 以下はFacebookに書いたもの。それに対するみどりさんのコメント、そしてレス。
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明後日までのカラヴァッジョ展、駆け込みで観てきました。
エマオの晩餐 法悦のマグダラのマリア エッケ ホモ (この人を見よ) など
忘れられない絵との出会いになりました。 観るものをその深い静けさに引き込んでしまう、この力はいったい何なのだろう… とにかく強く惹きつけられました。
今まで見てきたイエスの顔の中で一番身近に感じ、マグダラのマリアにしてもピタリと言い当てられた感覚があったのは わたしの心象風景の中にある彼らに近いからなのだろうか、それとも誰もがそのような近さをカラヴァッジョの世界に感じるのだろうか… と、そんなことを考えながら長いこと絵の前に立っていました。 疲れるから無理かなと思っていたけど行けてよかった。
< カラバッジョ展について>
http://www.sankei.com/smp/life/news/160306/lif1603060022-s.html
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みどりさんからのコメント
先日行ってきました。彼の描くイエスに恋をしてしまいそうになりました。マリアは世界初公開でしたが、なんとも恍惚でいながら贖罪を感じさせる複雑な表情で印象的でした。彼自身が殺人を犯したりなど一線を越えた生き方をしていたのも、絵に深みを増す要素だったのかなと思います。
わたしのレス
みどりさん、わたしも、あのイエスに心を掴まれました。確かに恋に近い。イエスにしてもマリアにしてもカラヴァッジョという画家は、その人の魂を描き出す画家なのだなぁと思いました。だから観る者と絵に描かれた人物の魂が触れ合ってしまうのではないかと。
みどりさんからのレス
激しく同感です。
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