たりたの日記
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| 2012年03月09日(金) |
退職の日、別れは会うの始まり |
放射線治療は終わったものの、退職までの1週間はかなり身体がきつく、もう5時に起きて6時過ぎの電車での通勤は無理なので、体調不良という欠勤理由で朝は10時半とか11時半に出勤した。
学校訪問は3月2日が最後だったので、後はファイルやデータの整理やミーティング。いよいよ最後の日、終業時間直前、今まで遣っていたパソコンの自分のファイルのデータをすべて消す。 3年間分の日報や学校へ先生方へ送ったファックス、教材、フィードバック、指導案、その他もろもろ・・・。仕事時間中に作成したものはデータのみならず、紙ベースのものでも持ち帰りはできないということなので、引き継ぎした資料以外は棄てるしかない。 今さらながら、雇われ仕事の虚しさを思った。 記憶の他には何ひとつ手元に残せないとは・・・
朝から降っていた雨は夕方になっても降りやまず、傘をさして打ち上げの会場へと向かう。3年間馴染んできた職場を離れるという実感もなければ、日々顔を合わせてきた11人の同僚と別れるという実感もなく、ただただ、何とか無事に仕事を終えることができたという安堵感と虚脱感と帰路の不安を胸に歩いていた。
駅の側の居酒屋の二階に同僚が揃った。もつ鍋をつつきながら、飲み放題のビールやワインを飲みながらの「お疲れ様会」が始まる。毎年多少の入れ替わりはあるが、今回はわたしを含める6人が退職する。みな若いので、わたしのように病気が理由に退職するものはない。結婚、他への就職、出産や育児と新しい人生に向かっての退職だ。
酔いが回るにつれ、みな泣きモードになる。どこかで考えないようにしていた「別れ」が急に現実のものとして迫ってきたのだった。それぞれの想いがシンクロし、悲しいとも淋しいともつかない感情に翻弄されているのだろうが、みなしてこのように泣けるとは何と幸せな仕事仲間であったことか。
若い同僚たちの美しい泣き顔を見ながらふと甦ってきた言葉があった。 14歳の時、別れの挨拶として聞いた言葉、「会うは別れの始まりと言いますが、わたしは別れは会うの始まりだと思っています」とその女性は語っていた。 しかし14歳では別れを次の再会への繋ぐのには若すぎる。その時出会った仲間達とはしばらく文通を続けたものの、今は名前すら思い出せない。やはり会うは別れの始まりでしかなかった。
けれどもこの別れはそうではないだろう。 きっと会うことに、新しい繋がりを結び直す新たな出会いに繋がっていくに違いない。 そんなしみじみとした明るい気持ちになり、帰りの電車ではそれまでの虚脱感は消え、ふつふつとしたエネルギーに満たされていた。
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