たりたの日記
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毎年、この季節になると、母からカボスが届いていた。 そのカボスを待って、秋刀魚を焼き、鍋をした。 焼酎にも、サラダにも、ジュースにも、毎日の食卓に欠かせないのがこの時期のカボス。4キロ箱で届くので50個ほどになるだろうか。近所の方や友人におすそ分けし、冬の鍋に使う分はビニール袋に入れて冷蔵庫にしまい、残りのカボスを毎日の食事や飲み物に絞る。絞った後の皮はお風呂に浮かべる。
この季節にカボスがないなんて考えられないのだが、今年はもう母からのカボスは届かない。母はおそらく、親戚や友人にカボスを送っていただろうから、みな、今年はカボスが届かないことに淋しい思いをしているかも知れない。 ネットで調べると、毎年カボスが送られて来ていた川崎かぼす農園が見つかった。何と、Amazonで本を注文するように、ふるさとにカボスが注文できるのだ。自分のところと、母のことでお世話になった親戚の方々、そして友人にカボスを届けてもらった。
いつもの秋より少し遅く、けれども、同じようにカボスの箱が届いた。 青々とした、硬く丸いカボスの実を取り出し、包丁を入れ、ざっくり二つに割る。秋の香りが広がる。いっしょに立ち昇ってくる母のことを、心の底に押し込み、慌てて蓋をする。蓋を開けてしまえば、いろいろなカタチの悲しみや悔いのようなものが溢れ、収拾がつかなくなる。 親を失う誰もが等しく抱く感覚なのだろう。 これまでの秋には味わったことのない何か虚ろな哀しみを払いつつ、今年もカボスを絞っている。
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