たりたの日記
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2008年01月30日(水) 愛情69

今日も仕事の前後は金子光晴だった。
自伝の「詩人」、エッセイ「どくろ杯」、マレー蘭印紀行、などからの抜粋を読む。

詩人のことは、写真で見るその風貌も表情も、また哀しさも、まるでずっといっしょに生きてきた父親のようによく分かる。
彼の弟子にあたる梅田智江氏が、金子さんの後ろ姿ほど寂しさを感じさせるものはなかったと言っておられるが、その後姿がわたしにも見えてくる。

昨日の日記で、わたしが泣いてしまったという詩は詩集「愛情69」(このタイトル、ちょっと過激だけれど)の中のその表題の詩だったが、その詩をまた味わって今日は眠りにつこう。しばらく一人だった寝室に今夜は相棒が戻ってきた、その安心と共に。



       愛情69    
               金子光晴

 僕の指先がひろひあげたのは
地面のうへの
まがりくねった一本の川筋。

 外輪蒸気船が遡る
ミシシッピィのやうに
冒険の魅力にみちた
その川すぢを
僕の目が 辿る。

 落毛よ。季節をよそに
人のしらぬひまに
ふるひ落とされた葉のように
そっと、君からはなれたもの、

 皺寄ったシーツの大雪原に
ゆきくれながら、僕があつめる
もとにはかへすよすがのない
その一すぢを
その二すぢを

 ふきちらすにはしのびないのだ。
僕らが、どんなにいのちをかけて
愛しあつたか、しつていゐるのは
この髭文字のほかには、ゐない。

 必死に抱き合ったままのふたりが
うへになり、したになり、ころがつて
はてしもしらずすべりこんでいつた傾斜を、そのゆくはてを
落毛が、はなれて眺めてゐた。

 やがてはほどかねばならぬ手や、足が
糸すぢのすきまもあらせじと、抱きしめてみても
なほはなればなれなこころゆゑに
一層はげしく抱かねばならなかった、その顛末を。

 落雷で崩れた宮観のやうに、
虚空に消えのこる、僕らのむなしい像。
僕も
君も
たがひに追ひ、もつれるやうにして、ゐなくなったあとで、

 落毛よ、君からぬけ落ちたばかりに
君の人生よりも、はるばるとあとまで生きながらへるであらう。それは
しをりにしてはさんで、僕が忘れたままの
黙示録のなかごろの頁のかげに。






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