たりたの日記
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2007年02月19日(月) 「あけがたにくる人よ」

昨日2月17日の日記で永瀬清子の「大いなる樹木」を紹介したが、やはりこの詩も。

まだ朝のうちに。

ててっぽっぽうの鳴き声は聞えてはいないけれど。




              あけがたにくる人よ  


                   永瀬清子


あけがたにくる人よ

ててっぽっぽうの声のする方から

私の所へしずかにしずかにくる人よ

一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく

私はいま老いてしまって

ほかの年よりと同じに

若かった日のことを千万遍恋うている



その時私は家出しようとして

小さなバスケットを一つさげて

足は宙にふるえていた

どこへいくとも自分でわからず

恋している自分の心だけがたよりで

若さ、それは苦しさだった



その時あなたが来てくださればよかったのに

その時あなたは来てくれなかった

どんなに待っているか

道べりの柳の木に云えばよかったのか

吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか



あなたの耳はあまりに遠く

茜色の向こうで汽車が汽笛をあげるように

通りすぎていってしまった



もう過ぎてしまった

いま来てもつぐなえぬ

一生は過ぎてしまったのに

あけがたにくる人よ

ててっぽっぽうの声がする方から

私の方へしずかにしずかにくる人よ

足音もなくて何しにくる人よ

涙流させにだけくる人よ
 



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