たりたの日記
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2001年05月07日(月) 保育所なかま

保育所なかまというと、保母仲間とか、保育所に子どもを預けている親同士というイメージなのだろうが、私の場合、それは4歳の時保育所で出会ったKちゃんのことだ。4月生まれの私たちは生まれて4年たったばかりの時に出会い、その付き合いは41年になるという計算である。しかし、ここ12年程、お互いに居場所がわからないまま過ぎていた。たまたま郷里の母が、法事で帰省したいた彼女とスーパーで会って、東京に住んでいるということが分かったという次第である。
なにしろ4歳児からだから、遊びもするが、泣いたりわめいたり、じまんごっこをしたりした。kちゃんのお母さんの手作りのコロッケも食べたし、おじさんの運転するカブト虫の形の車にも乗せてもらった。
何ごとにつけ張り合っていたらしく、小学校に上がる時、保育所の先生が、この二人は別のクラスにしてほしいと学校に申し入れたそうである。
それでも、図工室でセピア色でまとめられたkちゃんの絵を見かける時など、kちゃんの他の子にはない個性に密かに敬意を払っていた。彼女が特別だということを教師も友だちも気づいていないように思えた。そしてふつうだった私の方が表面的にはいつも目立っていた。
一番親しくしていたのは、kちゃんが結婚を控えている時だった。見合いのことやデートのこと、いろいろ聞いた。彼女の結婚式では保育所なかまとして、お祝の言葉に代えて「春の小川」も歌った。

夜kちゃんに電話をかける。昔の調子で呼びかけると、「ああ」と私と分かったようだった。変わってないなという印象が先に来た。幼い頃から感じとっていた彼女の不思議な個性に再び触れた。彼女の前に出ると、自分がとてもふつうの人間に思えてくる。保育園児のころ彼女と張り合っていたとするならば、私は自分がふつうな子になってしまうことに抵抗していたのだろう。
12年の間にすっかり育ってしまったお互いの子どものことやら、仕事のこと、親のことなど1時間ほど話す。そして来週上野で絵を見ながらでも会おうということになった。
12年後の再会はちょっとスリリングだ。ふつうに見えることに抗ったりなどしないようにしよう。そして彼女の個性を楽しもう。


たりたくみ |MAILHomePage

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