■今日のお仕事は辛くなるほどにヒマだった。 と、別の部署の友達に言ったら首をしめられそうになった。 なぜに同じ会社でこうも違うのかしら。不思議。
■仕事帰りに新宿の東急ハンズへ。 しかしそこに行くためには新宿高島屋の中を通ることになるのだが、 2階のフロアにはバッグやくつがいっぱいーーーーー!目の毒!!! もううっきうきであれこれと見てしまいました(爆) ブーツが欲しいと思い続けてふた冬が過ぎてしまったので今年こそ! と思ってはいるのだが、どうもこれってものが無い。 しかしながらブーツではなく、欲しい靴が。 黒地にラメの★柄で星のチャームつき。ヒール約2センチ、否ピンヒール。 これはこれはこれは!!超ほしい!!むっちゃ好みやんけ!! 靴を手にとってしばし見つめる。うっとり。 こうしているうちにまるで靴が「私を連れて帰って♪」などと 話し掛けてくるかのように思えてくるので危険でR。 今日はこの靴にあう靴下じゃなくて厚手だからためし履きできないし… などと言い訳をしながらじりじりと下がる。甘く危険なかほりだわ。 しかしその次に立ちはばかったのはバッグ。グレー地にピンクの水玉。 ヒョエーツボすぎ。水玉好きかつ最近グレー×ピンクの組み合せにめっぽう弱い俺。 これも手にとってしばらく眺める。うっとり。 こうしているうちにまるで(以下略) 命からがら脱出するも、後ろ髪ひかれまくりですよ。 帰宅後の今もあの面影が忘れられないのです… しかしこのふたつを購入すると1回の福岡旅費分… うーん……(=_=)
と、自分のこういうところは女だなーと思います。 そういえば昔、このHP立ち上げた頃は「買い物日記」とかつけてたっけなあ。 どこに買い物に行って、買い物中どれだけ興奮しているかを書いた 非常にテンションの高い日記でした。懐かしい。
■今日は10月11日。ミッシェル解散@幕張から1年ですかあ。 早いか遅いかは人によって違うと思いますが、 私の中ではどんなかというと、非常に遠い思い出のように感じます。 幕張のライブは盛大なファンサービス(スタッフへの感謝も含む)だと思っているので それまでにファンサービスなどありえなかったミッシェルのライブにおいて、 あの日のライブが違和感の残るものであって然るべきなのだと思います。 しかし私は当然ながらミッシェルの一員ではなく、 与えられたもので感情を動かされる、いわば傍観者でしか無いので どうすることもできず、ただ淡々と事実を受け入れたのみでした。 時間を置いて冷静になってみると、 「解散ライブで燃え尽きること」とは非常に難しく、奇跡的なことだと気付きました。 もうモチベーションが保てないから解散をするのであり、 気持ちに区切りがついてしまったものに対して全てを注ぎ込むのは容易ではありません。 それはこの件に関してだけではなく、日常生活において全てそう。 一度心の糸が切れてしまえば結びなおすことはできても復元は不可能なのです。 そういった状態でベストを尽くせなくてもそれは当然であり。 だからこそ解散をするのですから。
■しかしここでどうしても対称になってしまう存在が私には有る。 ナンバーガールという存在。 ナンバーガールの解散が先であり、かつ、 それから1年を待たずしてミッシェルが解散してしまったというのは 私の捉え方にとって非常に強い影響を与えてしまったものでした。 多分、この先、どんなバンドが解散をしても、 あんなに「納得のいく解散ライブ」はもう無いだろう。 解散、なのに、そこには200%が存在していた。有り得ない奇蹟。 札幌ペニーレーン、むせかえるような熱さと湿度の中、 「omoide in my head」を聴きながら解散しないで!と強く願った私を 一瞬で納得させた「IGGY POP FAN CLUB」のギターリフ、 あの音を思い出すと今でも私は体が震えて涙腺が滲み出すのだ。 それは解散したことへの悲しみではない。 何か?と問われると、それはとても答えにするのが難しいことなのだけれど。
2002年11月30日、札幌ペニーレーン。 あの現場にいたことを、私は一生感謝すると同時に その後の価値観に圧倒的な影響を与えられたことに悲しみも感じる。 そしてそれがそう簡単に揺るがないことも知ってしまっている。
多分、毎年のように、10月11日と11月30日にそれを思う。 まだ、それが幸せなのか不幸せなのかは、わからない。
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