「あ、○○○さん」
同僚のYさんに呼び止められた。 返事のかわりにYさんのほうを向くと、Yさんは声をひそめて続けた。
「今日、T達に会うんだけどね」 「あ、そうなんですかあ!」
YさんとTさんが旧知の仲だと知ったのはつい最近、偶然にだった。 私もTさんのことを知ってると告げるとYさんは驚き、 私は人のつながりなんて意外と狭いものなんだなあと思ったものだった。
しかしYさんはうかない顔をして、更に声を小さくした。
「実は、Tが危ないらしいんだよ」
私はその意味を一瞬で把握することができなくて、表情を止めた。 そして、あぶない?、とおうむ返しに言葉を切り取った。 少しの間の後、Yさんは眉間に皺を寄せた。
「癌なんだ」
えっ、と言ったつもりが、声にはならなかった。 頭の中で、がん、とつぶやく。癌。
「危ない、って…?」
本当は理解していた。 だけど尋ねたのは信じ難かったからだ。
「多分、会うのは、今日で最後だ。」
危ない。 癌。 今日で最後。
それが意味するところはさすがにわかる。 むしろわかりすぎるくらいに。
「……調子がよくないってのは聞いてました。」 「うん。」 「でも、そんなに……悪い、んですか」 「うん。」 「……」 「○○○さん、この間結構気にかけてくれてたから。一応報告しておこうかと思って。」 「………」
言葉が出なかった。
人との別れ際、よく使う挨拶といったら「またね!」だろう。 それに「もうこの人とは二度と会わないだろう」だなんて意識して考えることは殆ど無い。 そう、生きてる限り、またどこかで会うかもしれないんだ。
でも、はじめから「今日で最後なんだ」と思いながら知人に会う気持ちってどんなだ? 確実に限りある日々。 ここからのその先には、もう、交わることが無いということ。
Tさんがそのことを知ってるかどうかはYさんは言わなかったけれど、 おそらくTさんは知っているのだろう、と思った。 昔の仲間達が集まる日。 でも、誰もが「今日で最後」と知ってるなんて。
私がYさんだったら、普通の顔してTさんの前には立てない。 私は人との別れが大嫌いだ。 間違い無く泣いてしまう。
別れ際には「またね」と、手を振りたい。 そう言って背を向けられることって幸せなことなんだ。
その夜に会ったCりんが言った。 「生きててやっちゃいけないことってないのよねーって思った」 私は笑いながら、人殺しとかはまずいと思うよ、と言った。 そして、 「生きてたらなんでもできるんだね。」 と言った。
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