| 2007年05月21日(月) |
「博士が愛した数式」 |
土曜日に、映画「博士が愛した数式」をテレビで放送していました。 ご覧になった方、いらっしゃいますでしょうか。
この映画、見たいと思っていたのですが、私がいつも行く映画館では上映してなくて・・・そうして、たまたま立ち寄った本屋さんで原作の文庫本をみつけ、すぐさま買ってしまいました(^^; 先に映画のCM等を見ていたので、原作を読んでいる間も、映画の配役のイメージで読んでいました。 その映画が、ようやくテレビで放送、やった〜、と思いながら見ました。
事故で記憶に障害を持ってしまった数学者。80分しか記憶がもたない、この博士を演じるのは寺尾聡さん。 飄々とした風貌、時に知的に、時にちょっぴり気難しく。俗世から超越したような雰囲気や、つかみどころのない行動、数式に対する情熱、優しさや切なさなど・・・ 原作の雰囲気をかもし出しつつ、原作のイメージよりは、かなりかっこいい博士でした(笑)
博士の家にやってくる家政婦さんを演じるのは、深津絵里さん。 CMで見ていたせいもあってか、原作を読んだ時に、この家政婦さんはまさに深津絵里さんにぴったりだなあと思ったものでした。 シングルマザーの彼女は、10歳になる息子を育てながら、家政婦をしています。 しっかり者で、きちんとした清潔さと暖かさを感じさせ、また博士の語る数字の話を聞くうちに、自分も数字の魅力に気づいて、わくわくする、そんな豊かな感受性をも持っている、素敵な女性です。
そして、博士からルートと言うニックネームをもらう、彼女の息子。 原作と大幅に違うのは、いきなりこの息子が成長して、数学の先生として教壇に立っているところから話が始まることです。 成長したルートを演じるのは、吉岡秀隆さん。 生徒たちの前で自己紹介を兼ねて、かつての博士との係わりや、その中で教わった数字に関することを、丁寧に語るルート。
原作では、様々な数字や数式に関する専門的な話が出てきます。 数学苦手な私は、実はこの点にかなり苦労したのですが(^^; 映画では、ルートが過去の話をする中で、数字や数式を黒板に書いて説明する、と言う形を取っています。なるほど〜、です。
記憶が80分しか持たない博士にとって、毎日家を訪れる家政婦さんやルートは、常に初対面の人となるわけです。 ですから、毎日同じ言葉をかける。 家政婦さんには「君の足のサイズは何センチかね?」 ルートには「なかなか賢い心が詰まっていそうな頭だ」と。 それに対して、二人とも毎日笑って答える。ほほえましいです。 二人が、博士が言ったことに対して、「それはもう聞きました」と絶対に言わないようにしよう、と決めるところもいいなあ。 美しい風景と、毎日のさりげない描写、それは原作の持つ淡くやさしい時間を感じさせてくれました。
ただ、原作は後半、少しずつ切ない展開になって行きます。 それは、博士の記憶障害が生み出す哀しさ、そして過去の出来事。 さらに、その記憶障害の症状が進んでいくこと。 けれど、映画ではそこまでは見せることなく、なんとなくほんわかとしたハッピーエンドと言う感じの終わり方でした。 そこが、ほっとしたところでもあり、いささか物足りなくも思えたのですが。
ふと思いました。 生きると言うことは、年をとると言うことは・・・記憶を重ねていくことなのでしょう。 一日一日、日々が過ぎるごとに、新しい記憶ができ、それが連なって行く。 そして、螺旋のように伸びて行く。 時折、人は、螺旋の一番上から下を振り向いて、今まで辿ってきた記憶を確かめる。自分が生きてきた証しを確かめる。
では、記憶が一定の時間で途切れてしまう博士はどうなのだろう。 事故にあった日から、博士の時間は止まっている。 記憶は、決して積み重ねられることはなく、常に生まれては消えて行く。 それは、なんと心もとないことでしょう。 そのつらさを、博士は毎朝実感し、嘆きに沈む。 そのことに、ある日家政婦さんは気づくのです。
けれど、たとえ博士の記憶が消えてしまうものであっても、博士との日々は、家政婦さんにとっても、ルートにとっても、確実に積み重なっていく記憶なのです。 そして、その日々を「とても大切」だと家政婦さんは言う。 ルートも同じ気持ちを持つ。 とてもまっさらな、やわらかい心を持っている母と息子です。
私にとって、この「博士が愛した数式」と言う原作は、今まで読んだことのなかったタイプのもので、それだけにとても新鮮でしたし、読んでいる間、なんとも心地よい風が吹き抜けていくような気分になれたのです。 殺伐とした事件の多い昨今、こんな優しい世界もあるのだな、とふと思わせてくれるような・・・ ほんの小さな発見が、心に幸福をもたらせてくれる。 それは、この本の中で博士が語る数字の不思議や美しさに共通するような気がしました。 映画を見て、あらためてこの小説のすばらしさを感じたのでした。
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