深海図鑑

2002年12月06日(金) 子供

待ち合い室で、隣には小さな女の子が座っていた。私が診察を受ける前からそこにいて、その時は隣にお母さんが座っていて、お母さんは赤ちゃんを胸に抱いていた。待ち合い室には、その家族と私しかいなかったし、小さな部屋だったので、自然にいくつか言葉を交わした。
私が診察を終えて、その次に、そのお母さんが赤ちゃんをだっこしたまま診察室に入ろうとしていて、お母さんは、女の子に、「ここで待っていてね」と言って、行こうとしていたので、「お姉ちゃんと待ってみようか?」と言うと、その子はうなずいて、お母さんは「あらーすいません」と言いながら行ってしまった。
私が「お名前は?」と聞くと、一瞬緊張したような顔をして「カナちゃん」と言った。
でも、すぐに気が楽になったような顔になって「おねえちゃん、おはなしわかる?」と聞いてきたので「お話?どんな?」と聞くと「おひめさまがでてくるおはなし」と言うので「あぁ、知ってるよ」と言うと「おはなしをして」と真正面を向いたまま言ったので、私は、「むかしむかし・・・」と豆粒の上に寝たお姫様の話をした。今までで一番本当らしく、上手に話せた。
カナちゃんは、お姫様の「ベッドの下にいったいなにが入っていたんです?一晩中背中が痛くて眠れませんでしたわ」というせりふを聞くと、本当に心底おかしいようにくっふっふと笑ったので、すごく嬉しかった。
そして、お話が終わると、私に「おねえちゃんのいえに赤ちゃんがいるの?」と聞いた。
「いないよ」と答えると「じゃぁ、おねえちゃんがうむの?」と聞いてきたので、「産まないよ」と答えた。答えながら、涙が出た。目の前が見えなくなるくらい、涙が出た。
ここはどこかの産婦人科で、ついさっき、診察室で私は、私の体が、子供の産めない体だと、診察されたことを、思い出した。一生思い出したくなかった、そんなこと、と泣きながら思った。


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