惑わずにいられるか。...きんねこ

 

 

記憶に残りたいなら - 2003年11月24日(月)

今日はフレディマーキュリーの命日です。大好きでした。フレディもクイーンも。中学生だった当時、近所にクイーン命の同級生がいて、しょっちゅうその家に遊びにいっては、「音楽専科」や「ミュージックライフ」を回し読みしてたもんです。もちろん部屋の中はクイーンの曲が大音量で。(田んぼの中の一軒家だったので遠慮は無用)
楽しかったなー。

彼女は自分のお小遣いでエレキギターを買って、一生懸命クイーンのコピーに熱中してました。彼女の家にはオルガン(笑、もちハモンドなんかじゃないよ)があったので、私はその横でピンクフロイドのコピーに夢中だったな。

フレディはもうこの世にはいないけど、彼の名前と彼の曲や歌は永遠に残っていくんだね。そして彼を好きだった人達の心の中にいつまでも鮮やかな記憶として残っているんだね。

だーかーらー、まいけるさんさー、あんまり変な記憶を残すんじゃないよって。(重くなりそうだったので無理矢理方向を変えます、すんません)
今日お昼のワイドショーを見てて、湯川れい子さんの彼に対するコメントに爆笑してしまいました。うーん、湯川さん、素敵。

わたし、湯川さんからお電話をいただいたこと、あるんですよ。たぶん、湯川さんは絶対覚えていらっしゃらないと思いますが。(笑)
高校の時だったんだけど、そのころ自分はもうどっぷりと洋楽にはまりきっていて、しかもミーハーで、なんとかいろんなミュージシャンとお近づきになりたいと。そこで目をつけたのが、『音楽評論家』という職業だったんですね。

で、当時、第一線で活躍されていた湯川さんに、図々しくも「どうしたらなれるか」みたいなお便りを出しちゃったわけです。すると、なんと御本人からお電話が!

いろいろお話をさせていただきました。まあ要するに、「なりたかったらちゃんと学校の勉強をすること」みたいな(笑)ことだったのですが、とても優しく、そして、誠実に答えていただきました。ありがとうございます、湯川さま。嬉しくてちょっと気恥ずかしい思い出です。

そしてせっかくアドバイスいただいたのに、『音楽評論家』にはなれませんでした。やっぱりちゃんと学校の勉強をしなかったせいですね。

それでもミーハー根性たくましい私が、なんとかスタアに近付きたい一心で自分も芸能界を目指した哀しい話は以前に日記に書いた通りです。(ばかだよな…)

さすがにこの年になると、もう、あきらめたと思うでしょ、ところがそうでもないんだな、ぐあんばーるさん、熟年演歌歌手、いかがでしょうか?
ダーウイン、といわないところが、自分、まだ良識、残ってます。(笑)





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