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朝、ベッドからなんとか抜けだすも旅行のつかれが抜けず。
広田照幸(著)『<愛国心>のゆくえ』 世織書房
を読んでみる。広田氏は『日本人のしつけは衰退したか?「教育する家族」のゆくえ』(講談社現代新書)とか『教育言説の歴史社会学』(名古屋大学出版会)など、歴史社会学の立場から現代の教育の問題に対して取りくんでおられる方で、僕も「非行少年」について扱っているだけにけっこう影響を受けている。
広田氏は、現在の教育基本法の改正問題について、反対派は、この改正がもつ「新自由主義(市場原理による競争)」「国家主義(伝統、愛国心などを強めようとする)」的発想をよみとり、このイデオロギー性を暴露することによってのみ自説を擁護しようとする点で不十分だという。つまり、単に改革派の人々のやっていることを批判するだけで自らの展望を明らかにしない点で、改革派を説得するものとはならない。そこで広田氏がとるのはプラグマティックに、教育基本法の改正が本当によい教育をもたらすのかどうかを具体的に検証するというやりかたである。
こうした広田氏の論の建て方は、この問題だけではなく、多くの問題に応用可能な考え方だと思う。社会構成主義的な研究にも、いまある事態を歴史的な視点でみなおしたり、社会文化的な相対性に言及したりすることで批判するものがある。例えば、ある障害がいかに社会的に構成されているかということを明らかにする研究というのはわりとある。
しかし、こういうのはもともと障害を相対化してみたい人にとっては説得的でも、そうでない人にとっては詭弁に聞こえてしまいやすい。障害が本来的に社会的なものであり、(極端な話)<脳>に帰属できるものではないとしても、真剣にその問題に取り組んでいる人(って誰?というのは難しいけれど)からすると、すべてを社会的関係性に解消してしまうような議論もどことなくうさんくさい。具体的に、障害を個的な能力に帰属してみることがいかに、現在の問題を解決するうえで有効でないかを明らかにしないことには先にすすめないと思う。
さて、僕が読んだ中で、広田氏が対立を超えるための視点として呈示しようとしている大事な点は「敵は味方」という視点ではなかろうかと思う。
例えば、広田氏は「日の丸・君が代」に反対する教員が処分されるという例をとりあげつつ、この教員はある意味では非常に国家のために考えて行動しているといえると述べる。「日の丸・君が代」を否定するのは、公に反することのように見えるが、実際には社会の変化にとっての活力をうみだすという点では相互補完的なものではないだろうかというのである。
政治的な関心の薄い、従順な層のみが教員を構成することになれば、教育からは多様性が失われていくだろう。「日の丸・君が代」を押し進めようとする国と、それに反対しようとする教員との対立は、公権力が私的な領域をおかすという意味での「公」対「私」というよりも、むしろ多様な「公」を排除して、特定の立場の「公」を押しつけようとする動きととらえられる。むしろ、権威的なものにまかれるのではなく、自由にものが考えられる国民をつくろうとするならば、多様性を守ろうとするほうがよいのではないだろうかということだ。
これも僕の関心のある話題にもひきつけて考えられる話題だと思う。例えば、学校内で連携・協働をすすめるときには、必ず異なる主張がぶつかりあうことになる。その結果として、従来は例えば、数の少ない養護教諭や教育相談担当の教員などが、集団のなかで浮いてしまうということが起きたり、ヒステリックだというような評価をもらったりしてしまう。これは個人の人格に帰せられる問題ではなくて、学校集団全体のなかでなぜこの人がそんなにはずれものとしてみられるようになっているのかをみなければならない問題だと思う。
日心のWSで僕は、学校の中で子どもは教師によって語られることによって問題化されるという主張をした。そのなかで僕は生徒指導の先生の語りを主にとりあげたのであるが、生徒指導の先生が語る生徒というのは、良きにつけ悪しきにつけ、社会にむけて頑張る子どもである。立ち止まってもう進めないとうじうじしたり、退却してしまう子どもというのはなかなか語られない。本来は頑張る子どもの裏に、そのような頑張れない側面があるということを養護教諭の先生などは知っていて、だからこそ彼らを守ってあげたいと思うわけなのだが、そういう声は全体のなかではなかなか力をもちにくい。「敵は味方」という視点は、こうした声をまもることを後押ししてくれているように思える。
ただし、広田氏が本書のなかで述べているように、この多様性を守ることには、「それだけでは限界がある」として批判する声もあるようだ。限界がありつつも、だからといって多様性を守らない方向にいくことは得策ではないとする広田氏の主張には賛成だが、具体的にうまくすすめていくうえではやはり工夫が必要で、そこに心理士の役割というのもあるのではないかと思う。
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