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2004年12月19日(日) インパク知

研究会にいく。名古屋まで。なづけてナラティブ研究会、の準備会。
ナラティブっていっぱい言われだしてるけど、百花争乱のような状態でなにがなにかわかんな〜い。整理しましょ、何がいえるのか吟味しましょというような主旨の会。1年間は続けるつもりで、あとは発展的に解消するなりなんなり、集中的にやってみようという会。

ダブルK先生のご指名で、僕も世話人をおおせつかる。が、正直なところ、お客さま気分でいた。なにせ、この準備会には、ヴィゴツキーとか内部観測とかやってるT先生、社会学的見地から物語論をやってるA先生、心理療法の大家なのにヴィゴツキーとかも興味があるM先生など、僕としては素朴にお話が聴きたい人が参加していてなかなか分厚い。あくまでお客さま根性で楽しみだった。そのために、K先生のプレゼンが細かいので焦ってpptをつぎたす始末。

さて、会の主旨としてあげられていた「ナラティブは百花争乱のような状態で、議論もなかなかかみあわない。だからまとめてみましょう。」というのはよくわかる。しかし、ナラティブにしても、なんにしてもそうだが、インパクトのある言葉ってだいたいその外延が指し示されておらず、「お、なんかこれってナラティブちゃうの〜?」みたいな感じで盛り上がっていくものではないか。

定義したり、まとめたりするようになったら、あとは勤勉性を発揮して、すでにだいたいの着地点がわかった研究を生真面目にこなしていく未来しか残されていないのではないかとふと思った。

ナラティブと社会構成主義の微妙な違いについて、妄想のようなことをしゃべった。果たして僕の話は理解されているのだろうかと心配だったが、以外とK先生は「ナラティブに語り手を呼び戻そうキャンペーンみたいなの考えないといけないよね」みたいなことをおっしゃっていて意を強くする。うん、それならば「フィールドワークにフィールドワーカーを呼び戻そう」キャンペーンもはらねばならぬね。

とかく、研究法として定着し、その認識論の話になっていったりすると、どうもその現場に入り込み、もがいたり動いたりする人が捨象されていくような気がしてしまう。フィールドに入り、他者と対話していたら自然とできることが、脱文脈化され、形式論理的な世界にはいった瞬間、<偽ー問題>がたちあらわれてくるような気がするんだよね。


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hideaki

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