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2004年11月05日(金) 案外、我々が異常だったりして?

夕方からここから研。
『自閉症児の社会的認知に関する発達認知神経科学的検討』という題で、東京大学大学院総合文化研究科の千住淳さんがお話された。

自閉症は発達障害のひとつであるが、彼(女)らに特徴的にみられるののは「心の理論」欠如説である。これは昔からいわれていることで、さして新しい話ではないのだが、千住さんはそのなかで相手の視線をどのように理解するのかということに着目してご研究されていた。

まずは、目が何をみているのかをどのようにわかるのか、という話。

目はとても大きな情報量をもっている。目のちょっとしたズレによって我々はいろいろなことを感知することができる。目はとても小さな刺激でありながら、しかし、目の少しの変化が我々にはとても大きな情報になる。

自閉症者も、視線がある方向に注意をむけることはする。しかし、健常者は
健常児は反対側に注意することが教示されても、思わず視線がある方向に目をむけてしまう。また、自閉症者はしばしば、目でなくても矢印でも同じ効果をもってしまう。

次にEye Contactの話。自閉症の特徴として目があわないというのはしばしば言われることであるが、そのことである。

自閉症児も、定型児も、いくつもある目のなかから、自分を見つめている目を探り当てることは同様にできてしまう。しかしながら、斜めむいた実際の顔で、自分をみている目をみつけさせるという課題では、顕著に差がでてしまう。

以上のようなことから、健常者と自閉症者では、目線の検出に差はないものの、その処理のメカニズムには大きく違いがあるのではないかということだった。

目線には、しかし、実験で提示できるような絵よりもはるかにリッチな情報がふくまれている。本当は目と目を見合っているときには、単に目の白黒だけをみているわけではない。この微妙なところをなんとか定量化したいのだができないと千住さん。

たしかに。西村ユミさんの「視線がからむ」ということや、川野先生の介護者のインタラクションの研究でも、結局、最終的に間主観性が生じるように思えるのは、目線がとても関係しているということはわかるのだが、それを記述するとなるととても難しい。西村ユミさんは、それを現象学的な記述ということでやってしまったのだが、僕は川野先生の言うようなもっと客観的な行動におとして記述したいという思いがある。それができれば、千住さんらの研究にも役立つことであろう。エレガントな実験条件というのは、そのまま質的研究でとりだせる心の構造のようなものだから。

懇親会では、小嶋秀樹先生のロボットと人間のインタラクションの話がおもしろかった。バックで人間があやつってコミュにカティブにしたロボットと人間を相互作用させたところ、小嶋先生らの当初の予想を180度うらぎって、ロボットと最後まで熱心にコミュニケーションし続けたのは自閉症者であったという話。

結局、自閉症者にとって人間は複雑すぎて怖いのだという話におちつく。イルカセラピーなんていうのも、案外そこらへんが効いているのか?。




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