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2004年08月01日(日) 失敗談を語りたがる人

大事なお客さまをお迎えしての会は、大過なく終了。
ほっと一安心。

実家の街も、彦根も今日は花火大会。僕の部屋のベランダからは、ちょっとした山に隠れて見えにくかったが、それでも、たくさんの綺麗な花火をみれてよかった。



ところで、「研究者の学習」の記述について・・・・・。考えてみれば、これってとても自己愛的な営みだ(自分でやっておいてなんだけど)。

反省的、反省的いわれ続けると、だんだん聞かされる方は気分がおもくなっていく。

語り手は、「フィールドにはいってこんなことに気づけなかった私」、「フィールドの人たちを○○とみてしまっていた私」に気がつき、それを語れる自分に酔いしれているのだ。

語り手が元気になっていくのと反対に「ええ、そんなことまで気をつけなきゃいけないのか」「そんなに気がついて、こんなにも細やかな配慮をされているこの人にはとてもかなわない」と思わされてへこむ聴衆。

さながら病的な「投影性同一視」だ。

このようなことがおこるとき、しばしば語り手は「今まではこんなことにも気づかなかった」という体験があること自体が、なにかそのフィールドにおける自分のステージをあげるものであるかのように感じてはいないか?。

研究者の自己の探究は、反省してうっとりするためではない。それを足掛かりとして、(理論的に、実践的に)有用な知見をうみだすためのものだということを忘れないようにしたい。


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