2008年04月29日(火) ばっきゃろおおおおおおお!
PS: 先週、友達がテキサス州サンアントニオなんていう、それどこ?に移住しちゃったので、さっき電話してみた。彼女が行く前に、国内電話料金でかけられる国際電話ってのを教えてもらってたから。それでつい1時間もしゃべってしまったけど、本当に大丈夫なんだろうか? ドキドキドキ。。。サンアントニオは天候不順でいきなり稲光とからしい。でも音はあんまりしなくて光ばかりだって。不思議。山とかないから? でもサンアントニオって大体本当にどこにあるんだろう? テキサス州ってブッシュの州・・・。ウゲッ。友達に『テキサス州ってジョージア州から見たら何処?』と聞いた。アメリカの地理の基準がジョージア州っていうアタシは本当にREMファンだわさ。。。。今は久々にニューアドベンチャーズインハイファイなんて取り出して聞いてるし。ああ。なんていいアルバムなんだろうか。REMはさぁ、別にスコット・リットに戻ればいいのになぁ。なんでそうしないんだろう。でも戻ってもこの頃のこれには戻ることはもうないよなぁ。人は変わるんだもん。30代には30代の歌。40代には40代の歌だし。
そして私は40代の原稿をシコシコ書く今日。。。。働いてるっ。
昨日はプリンターのインクがなくなり、それを買いに行くので新宿で。そこで山形からやってきている友達に会い、お茶をする。友達と楽しく1時間馬鹿しゃべりをしていて、彼女が田舎にいると刺激がなくてホゲエとすごしてしまうと言ってて、ちょっと危機感を募らせていた。でもそれこそが田舎のいいところで、東京にいるとなんかやらなきゃ!なんかやらなきゃ!と追い立てられる気がして落ち着かない。でもホゲエだけだとまた危機感があって追い立てられてくるのかな? バランスが難しい。
しかし本当は彼女とはもっとゆっくり会うつもりだったのだけど、私が今毎年恒例、この時期の混乱混乱混乱の中にあり、ちょっとしか会えなかった。色々予定を変えさせてしまって申し訳ない。一見フツーなんだけど、頭の中は嵐なんだ、、、、今。おかげで寝れない。寝ても苦しいばっかり。
別のお友達にもコンサートに。。。とか誘ってもらったりもしたが、グジグジと暗い病状メールを送ってお断りしたりして、迷惑でウザい女なんだ、アタシ・・・・。
いや、もっと明るく「用事があって」とか書けばいいんだろうが、どうしてもそういうのが出来なくて、なんか病気って言いたくて、言いまくり、でも言った後に後悔したりしてまたグジグジしたりして、さらにウザいんだ、アタシ・・・。
でも中野に帰って来たらいきなりたごちゃんがやってきた。そしてなりゆきで家に来ることになり、絵本作家・たご先生に、最近描きためているクソ下手な絵を見ていただく。そうしたらたご先生が素晴らしいアイディアやらサジェスチョンをくださり、ヘコヘコにヘコんでいた気持ちがすこしオオオ!とやる気になる。さすがプロは違うっ!
でもその後、絵をまた描いてみたが、やはりあまりに下手というか、全然駄目で。。。いいときあんのか?だが。。。。またヘコむ。ヘコむと、昔の沢野ひとし先生の画集を出してきて、あの詩のような世界の絵を見て、感激する。ああなりたいのに、なれないなぁ。でも沢野先生には前に「たくさん描きなさい」と言われたから、そうするしかないんだな。たごちゃんもそう言ってた。たくさんたくさんたくさんあきらめずにあきらめずに描くだけ。。。。ってアタシってばライターなんじゃ??????
ところで、インクといっしょにフロッピーを買ってきたんだけど(私はフロッピー好き)2枚入りだと思ったら、それ、分厚い1枚で、フロッピーをガシャンといれる外付け機械に入らない。。。なにこれ???????? 750円もしたのにっ!!! きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! 腹たつっ!!! だからパソコンは嫌いだっ。ワケわからんっ! ばっきゃろう〜〜〜。ばっきゃろおおおおおおおおお!
・・・朝ごはん食べながら、テレ朝のワイドショー見ていたら、何十年か前の死刑囚の死刑になる直前までの音声を流していた。うううむ。その後コメンテーターみたいな人たちがワイワイと、でもちゃんと真面目に正面から討論していたのに、ワイドショーだから、途中で平気で司会者の女の人が打ち切っていた。そして別のニュースとか芸能ニュースとか流していた。
そんな形で放送するなら最初からやらなければいいのに。平気でそういうことをするなんて、意味がないし、逆にその音声を提出してくれた人、その死刑囚、そこに関わった人、その事件の被害者、すべてに失礼だ。そんな音声を使うなら、ちゃんと長い時間の特番とかでやるべきだ。TV人の神経を疑った。
ところで死刑という問題だが、私には大きすぎる。自分が被害者になること、自分の回りの人が被害者になることを想像すると、死刑当然とか思ってしまう。私の家族は以前犯罪の被害者になり、私にもその被害はやってきて、私はその犯人を恨みまくっていたら、あっさり病気で死んでしまった。そのときに私が思ったことは因果応報だったし。むろん病死と死刑では意味が違うんだろうけど。
でも死刑にするにはまた死刑にする係りの人がいることとか、いろんなことを思うと、また死刑にしたからって被害者みんなの心が本当に報われるのか?などと考えると難しい気持ちになる。でも日本には昔からあだ討ちという伝統(?)もあり、日本人の心情文化に実は死刑というのは合っているのかもしれないとかも思う。
本当に難しくて、代わりにじゃあ終身刑がアメリカみたいに400年とかそういうのがあればいいのにとかも思うし、でもそれのために永遠に税金払うのか?とも思うし、こんな日本だと懲役400年で一生食わせてもらうために人を殺すなんて人も出てきそうだし、うううむうううむ。あまりに難しい。
でもこうやって考えることが必要なのは絶対に確かで、みんなが真剣に考えなきゃいけない。
となると、バカみたいに短い時間だったが、ワイドショーにも意味があったのか? うううむ。また悩むのである。