2006年12月26日(火) スクリッティ・ポリッティのインタビュー
そろそろ今年を振り返る時ですね。
今年はあんまり人に会わなかった。スターさんね。でも中でも面白かったのがスクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイド。今も精神的に脆い彼は、インタビュー時間は写真込みで30分!なんて超〜〜短かったけど、短い間にカチッと面白いことを話してくれた。それはそのときSPA!に書いたけど、すごく短い記事だったので、そのインタビューの全文をそのままここに掲載しておきます。よかったら読んでね。グリーンは面白いオジちゃん! できたらずっともっともっと色んな話を聞きたかったなぁ〜。でも少女時代のアイドルにお会いできて、感激しました。ネコ好きというのも分かり嬉しかったり(←ミーハー)
――この新しいアルバムは自宅で一人で作ったそうですが、どんな風にして始まったのか教えてください。
グリーン:前のアルバムはヴァージンから出ていた。そのリリースをする直前に(ラフトレードの社長)ジェフ・トラヴィスがやってきて、すごくいいレコードだけど(周囲の)スタッフが全然ダメだよと言われたんだ。僕にとってジェフは人生で本当に信頼してる2人の内の1人で、彼が言うのだからと、そのアルバムがリリースされた日にマネージャーをクビにしたんだ。さらにヴァージンは人事異動で昔からいた人などもいなくなっていたので、ラフトレードに移籍することにした。その後ラフトレードの人に機材を買ってもらって、自宅に持ち込んだ。でも実は僕はまだヒップホップのレコードを作りたくて、リリースされなかった音源も山のようにある。僕の興味は依然そちらのほうにあったんだ。でもジェフ・トラヴィスは「今回は君が歌うものを作れば?」と言われて、それも信頼する彼の言うことだからと信じて、そして自宅で一人でやることになった。僕は、自分をミュージシャンとして優れているとはちっとも思わなくて、アメリカの友達にはもっともっと優れたミュージシャンがいる。でも自分の歌で自分に出来ることをやろうと決心し、こつこつとやって出来たものが新しいアルバムなんだ。
――前作の『アノミー&ボナミー』も私は好きでしたよ、前はギター・ポップミーツ・ヒップホップでしたよね。今度は前作からのギターポップの味わいを残したものなんですか?
グリーン:そう、みんなそう言ってくれるよ。前のアルバムはそのとおり、ギターポップとヒップホップの融合だったんだ。そして今度も歌詞においてはヒップホップの影響を強く受けている。たとえば1曲目は特にヒップホップの影響を受けた歌詞で、ランDMCのファースト・アルバムのタイトルが並んでいたりする。でも音楽的にはパンク・ロックが出現する前、そう、僕がパンクに目覚める前、僕が子供の頃にウェールズに育った頃に聞いた音楽の影響がでている。ビートルズやビーチボーイズやCSNみたいな、ジョン・ピールがBBCで流していたものに影響されている。
――CSNなんて意外ですね〜〜。
グリーン:当時の国営放送のラジオで、レディオ1は唯一ポップな音楽を聞ける放送局で、5歳の頃から聞いていたのはそこだけだった。僕はあんまり家庭的環境に恵まれてなくて、その頃に友達が聞いていて僕も聞くようになったんだ。(5歳で?すごい!)うん。ホワイトブレッド・ポップ、アメリカの黒人たちが揶揄する白人の加工されたポップソングを聞いていたんだ。パンクの前のことだよ。その後パンクに目覚め、さらにR&Bやヒップホップに目覚め、音楽によって人生を変えられたのは18〜19の頃だった。
(アルバムのタイトルは)確かにダブル・ミーニングで、実際に白いパンが好きで食べていて、それは身体に悪いって分かっているんだけど食べちゃう。そしてアメリカの黒人のミュージシャンたちと音楽をやっていると、「それってホワイトブレッドすぎるよ」ってちょっとイヤミな感じで言われるんだけど、それって大事な部分を抜けていて、いい栄養素があるのにそれをとっちゃったような音楽、オリジナリティがないとか、そんな音楽って言ってるんだけど、でも僕自身はそんな風に黒人から言われてもホワイトブレッドポップが好きで、いいものがそこにあると確信してるんだ。
――あなたはときには確信犯的なほど甘いラブソングを書いたり、美しいメロディを書く。それはそこからの影響でしょうか?
グリーン:パンクやレゲエのリズムを知る前のことだから、古きよき時代の子供の頃の影響だ。美しいメロディやハーモニーは僕を魅了したんだ。リズムのパワーに目覚める前のことだった。
――シュガーとかベイビーとかガールとかいう言葉をたくさん使うのも?
グリーン:そうだよ(笑)。僕はそういう言葉をわざと意識的に使った。それはすごくポップミュージックに伝統的に使われていたから、使い古された言葉だと知ってね。1つのクリシェで、言葉そのものが好きで、そういう言葉に魅了されていたんだ。僕の限界を広げてくれる言葉でもあった。
――哲学的な比喩を使って難解だったりするのもわざと?
グリーン:それは僕の体験からくるものだ。自分の精神状態は人生においてずっと不安か退屈しかなくて、それに苛まれてきた。この2つの気持ちにどう向かい合おうかと思うと、(今も)それに役立つことが音楽を作ることと、哲学だと思う。最初に哲学に興味を持ったのはビートルズを聴き始めた子供の頃のこと。哲学と政治に惹かれた。最初何を彼らが歌っているのか分からなかった。それで逆に興味が沸いて、彼らの音楽に哲学を見出したんだ。おかしく聞こえるかもしれないけど、僕は明らかにそこに哲学を見出した。そこには哲学的な問いかけがたくさんあった、罪について、観念について、武器について、コミュニケーションについて、曖昧さとか、政治についても、あらゆることがそこには描かれていた。ヒントが隠され、僕に扉を開いてくれた。5歳の誕生日にビートルズを聴いて、以来それを考えていた。そんときは分からなかったんだけど、「NME」とかそのうち読み出すようになって、自分が住んでいる田舎とは違う世界、生き方があるんだと目覚めたんだ。『リボルバー』がでた頃、1968年、僕は高校生で、先輩からザッパやキャプテンビーフハートなど複雑怪奇なものも聞き始めて、音楽はよりチャンレンジングなものになってきた。でもビートルズは僕の世界を築いてくれた。8歳か9歳でそこに見出すことができた。新聞で読むのとはまた違うことだ。そして60年代のポップミュージックから哲学を学び、ファインアートなどにハマり、高校時代になれば、ザッパやキャプテン・ビーフハートなど、わけの分からないとも言える音楽を先輩たちから聞いてそれらにも耳を傾けるようになったね。
――パンクに出会ったときの衝撃はどのようなものでしたか?
グリーン:音楽を作る、という点において本当に新しく、衝撃的だった。パンクの前には音楽を作ろうなんて思わなかった。聞き手から作り手になる大きなきっかけがパンクだった。本当は修士までやろうとコンテンポラリー・カルチャーなどを学んで大学に通っていたのに、もうピストルズ、クラッシュとダムドとハートブレイカーズのすごい組み合わせのライブを見ちゃって、ドカ〜ンときちゃって、何もかもが変わった。もう勉強止めよう、アートもどうでもいい、バンドの一員になりたくて、バンドやるぞおお!となって、自分はギターを手にとり、友達の中からろくにドラムとベースも出来ない友達を集めて、1ヵ月後にはバンドを組み、ロンドンに行き、スタジオに入り、レコーディングして、ジョン・ピールがかけてくれて、それを聞いたクラッシュが前座に起用してくれて、続けてきた・・・そんなかんじだ。
――スクリッティ・ポリッティといえば『キューピッド&サイケ85』はクラシック・アルバムとしてマスターピースで、同時にまた80年代シーンの金字塔的作品ですが、今振り返ってこれはどういう意味を持つアルバムですか?
グリーン:このアルバムについて考えたことは1度もない。本当に1度もない。聞き返したこともない。僕は過去について考えることはない。先月のことも、去年のことも考えないし、1枚たりとも過去のアルバムについて考えたことない。
・・・あの当時僕はインディーやポストパンクが凄くいやだった。それでもっとブラック・ミュージックの方向に行きたいと思うようになり、もっとブリティッシュ・ポップのセンスに洗練されたブラック・ミュージックやヒップホップの要素を織り込もうとした。それで80年にNYに行ってブラック音楽にのめりこみ、シーケンサーとかに取り込まれ、すぐにドラムマシーンを取り入れて、さらに先になると洗練させたシンコペーションをきかせ、テクノロジーを先取りしたものを作りたかったんだ。
――新しいアルバムは大大好きなんですが、どの曲も構成がすごく意外で、とんでもない方向に行ったりと面白いですね。
グリーン:一人で家で作っていると、あれこれ心配しないでやれたからね。君の言う「名盤」は、ほかのやつらに見せ付けてやろう!といういやらしい気持ちいっぱいで作っていたんだ。本当だよ。でも今度のアルバムは自分のことすらともどうでもいい、ただただやりたいことを心のままにやったというものなんだ。だから君がすごく好きだと言ってくれるのはすごく嬉しいよ。