非日記
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| 2008年10月04日(土) |
生きている事を記してみる。 |
三十五秒から三十六秒にかけて萌えるのに忙しくしていたら、一ヶ月以上が経っていました。
もうね、なんていうの、語る言葉が何も無いせいだ。 でもあの三十五秒零コンマちょいアタリから三十六秒あたりにかけて、一瞬眉を顰めて目を閉じていく瞬間が、ああ、どうして私はプロ野球選手ばりの動体視力を持っていないのかと己の無力が口惜しくてならない。倒立前転なんかに半年かけていた場合ではなかった。球技かなんかに熱中しておけばよかった。それだったら三十五秒から三十六秒にかけての一秒間を永遠に近い長さでゆっくりと堪能できたかもしれなかった。後悔先に立たず。麻薬を覚えさせられた猿が飯を食うのも忘れ、飢餓で瀕死の状態になりながらも命がけでバーを押し続けるように(確か報酬と行動の関連を調査した、そういう有名な実験があったわけよ。今だったら動物虐待とか言われるな。結論としては、脳は、己の肉体と生命が生存するための選択ではなく、ただ脳だけが大満足の快楽を容易に得られる選択をする傾向がある、つまり脳みそ信用ならないネ!みたいな。)、必死になってコマ送りし、己がオリンピック選手でない現実に身悶えする事もなかったかもしれない。
一こまと一こまの間、動きと動きの間が見えないよ畜生が! ……冷静になれば、たぶんセル画の枚数が見えてるそれだけしかないんじゃないかと思われるよ。 ええそんな!それって私が今からオリンピック選手ばりの動体視力を目指して特訓を重ねても永遠に見れないって事なの? そう、つまり新世界を創造するしかない。
神は七日間で世界を創造したという。 最後の一日はバタンキューで寝てたらしい。 締め切り間際の作家のようだ。
ええ、一ヶ月ぐらい休日に飯を食うのをド忘れしていたら2.5キロぐらい減りましたとも。仕事に出てれば忘れずに済むんだけどな。しかし、それもこれもその一秒の所為だ。あの一秒は酷い。かわいいを通り越して美しい、美しいを突き抜けて麗しい、麗しいを飛び越えてなまめかしい。あの一秒のためにDVD買ったらどうしよう。美人は三日で飽きると言うけれども、私は最短二ヶ月は持ちます。その一秒に対する萌えを吐くために、軽く十四万六千字ぐらい費やす感じ。十四万六千字をローマ字入力の日本語で打つという事はだよ、変換やミスタッチや「あかんわ、これは」の一括削除も含めるとしても、三十万回近くはキーを叩いたという事だろう。三十万回ってどれくらい?自分でやっておいて、今から三十万回テーブルを叩けって言われたら冗談は止せ腱鞘炎になるわと思うのに、何の不満も抱かずに幸せに、誰にも強制されることなく自ら率先してポチポチ三十万回だよ。薬中の猿もかくや、だ。
まあね、別に顔だけが好きなわけじゃないの。その一秒の顔が、顔がっていうか、あのね、ちょっと眉を顰めてゆっくり(注:心のコマ送り。現実は一秒弱)目を閉じていくの。ああもうバカ!そんな顔するな! 否、だから違うって。顔だけだったらまだよかったんかもしれんのだけど。こうね、自分で提案した事に対して、人がそれに従って実際にやり始めたらビビッて「やっぱりやめとこうか」って言い出した、あの瞬間に落雷の如く天と地を繋いだ萌えの柱は、さながらセフィロトの樹の如く…って具合で。ああんこのくそやろうがかわゆすぐる! 泣くし。 萌えの玉手箱かなんかなのだろうな。 ちっちゃいし。 あの年齢じゃもう背も伸びっこないよな。枕草子の一文を思い出します。 なにもなにもちひさきものはみなうつくし だ。
なんらの重要な重苦しく物悲しい切ない設定が一つも見当たらない、健全至極なところがまたいいのかもしれない。この作品世界で、そのバックグラウンドにおいて、その性格を獲得しえたという事はまさに奇跡って感じがする。やんごとなく、よんどころない、めざましき貴さ。 なんというか、いつもの私は、たとえるならば、真人間を人格を崩壊させることなく思いやりをもって優しく犯罪者に追い込む為には一体どうすればいいだろうか……みたいな戦いをしてるわけよ。原作の意図するところからかけ離れた捏造カップルの創作活動において。でも二人ともが前向きの努力家だとそういう困難は凄く少なくて済むか、殆ど無い事がわかった。一度レールの上にちんまり乗せてやれば、後は己が努力によって戻れぬ道を着々と前進してくれ、なんか光あるうちに光の中を歩むというか。定跡で駒を一個動かして、ここでこうしたら、次はこうきて、その次はこうきて、そしてこうなるのよねー…ウフフ、みたいな。
そんな感じで元気に生きています。
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