非日記
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2007年07月07日(土) 七夕は土砂降り。

一昨日はめちゃくちゃ寒かったですよ。秋も深しな寒さだった。
昨日はそうでもなかったが、雨に濡れたままうろちょろしてたらえらく寒くなった。風邪さえひかなければいいんです。積極的に熱エネルギーの生産を行いたいのです。積極的に熱エネルギーの生産を行うためには、先立って熱エネルギーの消費を行わなければならないですよ。

暫く前から「痩せたんじゃない?」と色んな人様に言われ続けて、体重は変化してないのについうっかり「そうかしら?」とその気になったせいで、「じゃあアレもコレも食いたいものを食いたいだけ食っていいんじゃないの?!」となり、また微妙に肥えた気がしますからね。私がメインに加えて菓子をボリボリ食いながら「今はダイエット中なんです」と恥知らずに言ってるのは、「ダイエットせねば!」とか「ちょっとは痩せないと!」いう意識を常時保っていないと、一回の食事で吐くまで食おうとする食い意地の張った脳みその所為なんです。

だってアレもコレもソレもナニも旨そうに見えるのよ。

自分で「これが一番美味しそうだ」と選んで食べてても、人が違うものを食べてると「それも旨そうだな」と思ってしまうのよ。一回の食事でラーメンとうどんと素麺とカレーと定食を二種類にデザート全種類とか食うわけにはいかんでしょうが。どう考えても消化器官の処理能力を超えている上に、万が一処理できてしまってはまずいカロリー量だ。その上に食費が嵩みすぎる。

最近気がついたんだけど、「アタイ、ダイエット中だもん。食べたらぷくぷく太るんだから」と常時ぶつぶつ思ってると、腹八分で我慢がきくのよ。量も少なく満足度も低い社員食堂の飯も「ダイエット中だからこれでいいんだ」とスルーできるのだ。
それだけではない。
その上に、路上に新店舗を発見した際にも「毎日ダイエットしてるんだから今日ぐらい高カロリーの外食をしてもいいだろう」とか「毎日欠かさずダイエットしてるんだから、今日ぐらいトリプルのコーン付きアイスを食っても何の問題無いだろう」等と気安く行け、期間限定の新商品を見つけた時にも「毎日ダイエットしてるんだから、今日ぐらい700Kカロリーぐらいの袋菓子をニ袋ぐらい食っても構わないだろう。たとえ1400Kカロリーオーバーであろうが、十日で割れば、一日140Kカロリー余分に食った程度だ。しかし私は毎日欠かさずダイエットしているのだから、140Kカロリーなどダイエットして減らした分程度に過ぎない。つまりいつもどおりにダイエットをし続けておいて、実質十日間だけダイエットをサボったと思えばいいのだ。そして私は必ずダイエットをし、ダイエットするのを忘れる事は片時も無いのだからして、その超過分は何もしなくともいずれ相殺される。つまりたとえ1400Kカロリーオーバーして食っていようが、それは食っていないに等しいのだ!…というわけで食ってもいいだろう」等と自分を騙し、結果的にあまり神経質にカロリーを気にせず、美味しく食える。
常日頃から来るべき過食に備えているのだ。

「そんなに太ってないんだから、そんなに気にしなくても」とオバサン達は言うが、私は言うほど気にしてないんですよ。BMIだってど真ん中で、ここ五六年というもの体重の変動は殆どありません。現在社会における思想的美的理想体型に比較したら少し太め、我々の親の時代なら少し細めってぐらいで、それどころか「おまえは外見以上に気にすべきところがいっぱいあるだろう」と自分で思ってますとも。理想としては「少し細め」にして現代の「普通」にバッチリ合わせたいんだが、まあこれでもいい。てゆうか私には頑張るの無理だからな。

大体「自分が設定した合格ラインに達するチョイ手前で手を抜く」という心のクセがある気がする。常に「もうちょっと痩せたい」という目標を立てておけば、自動的に現状のキープになるのだ。今のままで大丈夫と思ったら、一週間かからずに最低ニ三キロは太る。
大体ダイエットというのは痩せる事ではないのよ。本当は医学的に何か色々あったような気がするが、私の中では「節度を持った食生活をする事」やねん。

ちょっと意識してるとそれだけで常時脳みそに浮いてきて行動や選択に干渉するのだ。一年以上前に健康診断で「もっと魚を食べないといけませんよ」と一言言われ「それもそうかも」と思った所為で、二年前には「矢口さんが魚を食べるなんて珍しいですね」だったのが、気がついたら「矢口さんが魚を食べないなんて珍しいですね。魚が好きなのに」と言われるありさまよ。「偶には魚を食べるか」程度の脳内意識でこれなのだから、すごいよな。つまり魚が目に入ってなかったのが、視界の中の魚に敏感に反応するようになり、魚が目に入るたびに「魚にするの?」と脳が尋ねるようになったのだ。魚回路が太くなった。

大体私は基本的に食べる事は大好きなんだと思う。
「肥満になったら食べたいものが食べられなくなる」とか「糖尿病になったら食べたいものが食べられなくなる」と思うと、食べることを我慢できるぐらい食い意地がはっている。小中学校の楽しかった思い出メインに給食と学校帰りの買い食いが入っている上、高校の楽しかった思い出がコンビニで買って電車で食っていた朝食だとか、テストが終ったら自分を褒め称える為に買い食いしてた事とかなんだから、結構昔から延々と食い意地が張っている。食べる事に関する思い出がやたら多い。人の家に泊まりに行ったらご飯に何が出るかを楽しみにしているし(別にご馳走でなくてもいい)、旅行するとなれば食べ物なら何が名物かのチェックを欠かさない。見る分はどうでもいいが、食うものは食わねば。
そして食べ物に関する記憶は結構しぶとい。

そうね、
某姐さんだったら、学生時におうちに遊びに行った時、料理してて切った余分な鶏の皮に塩を振り、メイン料理を煮込んで待ってる間に網でカリカリに焼いて食っていたのが良かった。「ここをこうして食うのが一番美味いんじゃー」とか言ってたが、本当だ。その時作っていたメイン料理がなんだったのかまるっきり忘れてるぐらいだ。彼女の実家に遊びにいった時には庭で焼肉してた事も忘れがたい。特に牛タンがよかった。後、豆腐カレーは、あれは調子に乗って豆腐を入れすぎた気がする。
また某姐さん家に行った際に、ご飯に肉の焼いたヤツ一枚にコーンスープがナチュラルに出てきた事も記憶に鮮やかだ。彼女は肉ばっかり、葉っぱは紫蘇しか食わないというかなりの肉食主義だが、それが立ち上った感じの食事だった。美味かったけど、なんか「見た感じがモロに寂しい!」という印象が忘れがたい。何が寂しいって栄養がどうの品数がどうのじゃなくて、色味だ。弁当箱がカタカタ鳴って、あけたら弁当箱の中に小さいフライが一個入っていただけだった高校のときの弁当を思い出す。
また某姐さんが巡検時に作ってきたレンコンのはさみ揚げが美味かった。母親の方が凄まじく上手いと謙遜していたが、出汁巻き卵もかなりの腕だったと思う。私なぞは先ごろ冷やし中華に乗せる錦糸卵を作ろうとして何か失敗したパンケーキみたいなものを作ったが、フライパンが悪いと思い込んでおく事にする。要は切る時に細く切ればいいんだよと思ったが、くにくにして上手く切れなかった。要は卵が乗ってればいいんだ。伸びやすく薄めるとかせないかんのかな?要は薄く焼けばいいんだろとナメてるから失敗する。錦糸卵は成功した事が無い。
あと某姐さんはゴルゴンゾーラスパゲティとか、いつも怪しげなものをつくっていた。味覚が名高くキワモノだったのであまりご馳走になりたいとは思わなかったが、巡検持に作ってきたおにぎりの量は確かに凄かった。あれだけの量を黙々と作れる集中力はさすがだと思う。
某姐さんと某姐さんが面白がってマ○ドナ○ドでバーガーを百個買ってきた事が忘れられない。後、某男子学生がきんとんの栗ばっかり食った事に某姐さんが激怒した事とか。「わ、私達も栗食ったよ?ごめんね?」と周囲の人間で自己申告したのだが、「いいや!いくら食おうともこの男ほどじゃない!こいつはきんとんを食わずに栗ばかりを食った大極悪人だ!見ろ!きんとんの中にもはや栗が無い!この男が食ったからだ!許されない、最低の人間だ!」と、どうしてそこまで…の勢いで怒り狂って飛び出して行ったのだ。「きんとんの栗を食ってどうして悪いんだ」とか「彼女は栗を食ったことではなく、きんとんの栗だけを選択的に食った事が許せなかったのよ」とか「私だって栗食ったのに」「誰が悪いわけでもない」と、なんできんとんでここまでシリアスにならねばならないのかわからん深刻さだった。卒論の締め切り間際だった所為だろうか。
栗を食ったことが心に咎めて忘れられません。私も栗を食った。たとえ責められなくとも同罪である。

そういえば私の子供の頃からの憧れの弁当はサンドイッチでした。
そんできゅうりとかトマトとかレタスとかの野菜と果物が入っていて、それに色のついたプラスチックの爪楊枝みたいなのが刺さってて(持つところが兎さんとかライオンさんとか星とかの形になってる)、あげくに水筒にジュースが入っててだな、ちっさいカップゼリーが入ってたりするんだよ。しかも赤いウィンナーとか黄色い卵焼きとかも入ってるんだ。それどころか弁当箱がバスケットっぽくて、蓋を兎の人形がついたバンドとかで止めるんだよ?
そういうのを持って来るやつは着てる服も可愛くてリュックも可愛かった。それどころか髪もミツアミだのアミコミだのササアミだの綺麗に結ってて、あげくに結んでるゴムにキラキラ光る何かとかフワフワのぼんぼんとかがついていた!名前もユキちゃんとかサキちゃんとかミユキちゃんとかで可愛かった。ティッシュもボックスティッシュから引き抜いたのを畳んで持ってくるとかでなく、かえるさんとかのついたパッケージの可愛いのを持ってて、それどころかティッシュに柄がついていたり匂いがついてたりするのだ!

それはともかく、サンドイッチ弁当は心から羨ましかった。一度でいいから、ああいう弁当の本に載ってるような弁当を食ってみたかった。ロールサンドイッチにしてサランラップで包んである端をリボンで蝶々結びにしてたりするヤツ。「無えよ」とか言うな。私は見たのだ。あれは現実に存在する。


なに書こうとしてたか忘れた。


やぐちまさき |MAIL