非日記
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2006年08月12日(土) なかなか満たされない。

それもまた良し。

キーボードが壊れたりしてますよ。動かないキーが幾つか。方向キーとかなんで誤魔化し誤魔化し。
相変わらず人外への愛を回収できてません。レンタルに置いてないという事で、「この野郎!」とこの炎天下県内を地道に走り回っています。いやだってね、アレはあってアレは置いてないってどうよ!?よーく考えよーお金は大事だよーという事で、よく考えなくたってお金は大事だ。よってなるべく使わないように、低価格で身代わりに愛せるものは無いかとボチボチ探索中。嗚呼ダメね、無理だよね。
いややっぱ好きなのよ。

ほら、こう周期的に人間が嫌でたまらなくなる瞬間が来るでしょう。リアルロボットものよりファンタジーが好きなんで、「かえって人間くさい」といえばそうなんだけど、何がポイント高いかって顔に表情が少ない、特に目に表情が少ないところだ。特に人間の何が嫌かって、主に顔を見るのが嫌なんだよ。感情をベローンと顔に表して漏れ漏れさせてるアレが苦手なのよ。苦手っていうか嫌って言うか気持ち悪いっていうか気色悪いって言うか血管切れそうっていうか。ああ、なんてこったい。ダメダメだ。人として。

まず人間の目がむかつくわけです。期待とか要求とか懇願とかをじっとり乗せた眼差しが特にあきません。「キモッ!」で、いきなり平手打ちをしたくなります。もうその辺は性分なんで致し方ありません。性分というより反射神経みたいなものよな。ぐっと我慢で根性焼き。ジュウ。

人が泣いたり落ち込んだりするのが嫌いだと言うのは、「そのものを目の前から抹消したくなる」というのが正直なところだ。世の中の不幸な人々がいなくなったらよいというのは、正確には不幸な人々が幸せになって欲しいという事ではなく、不幸な人々の顔とか言動とかを見るのが物凄く嫌いで、できれば爆弾とかで一気に気持ちよく吹き飛ばしたいという思いだ。その点だけならきっと清清しいだろう。自分が落ち込んだら閉じこもるのは爆弾で一気に吹き飛ばされないように身を隠しているのです。
爆弾が爆発する記録映像なんかを見ると、「こうやってどっかーんと不幸な人間達が一発で全滅してくれないかしら」と密かに悪い事を思いますが、爆弾で吹き飛ばしても不幸な人間達は一掃などされず、かえって増殖することがわかっています。よってそれは色々どうかと自分でも思っており、人間が散らかったら汚らしくなって、私は汚らしいのは嫌いなので、遠回りだが、ぶちぶち不幸が幸福になる事によって私の目の前からある意味で消え失せてくれないかと絶賛期待するわけです。

ちなみにロボットが散らばったり散らかるのは大好きです。ロボットの四肢欠損はラブラブ大好きです。てゆうか、アレはエロスだよ。きゅんきゅんします。機械が壊れると、どきゅーん。まあなんてことでしょう破廉恥な。嗚呼駄目ときめいてしまう。
特にもだえ苦しまれてしまうともう駄目。なんてことでしょう。顔は変わらないのに苦しんでいるもよう。嗚呼そんな!嫌なの?嫌なのね?嫌なんだわ。なんてこと。嫌なんですってよ。まあどうしましょう。本当なのかしら。よくわからないけど本当っぽいわよ。もっと色々嫌な事をされていただきたい。
色々大変です。
助けが来ると嬉しいと同時にガッカリですね。もうちょっと見ていたかったかなーという。でもそれぐらいが潮時よね。こう、「ちょっと足りない」腹八分ぐらいが良いんだ。明日に続く希望!というか。まあもうちょっと見るにはテープ巻き戻せばいいからな。破廉恥ディスク〜☆

↑こういう時に、「自分は人間の顔に表情がモロ出するのが妙に生理的に嫌いなところがあってよかった!これは不運というより幸運だ。私がヤバイ系の犯罪者にならないための天からの贈り物に違いない」とシミジミ思う事があります。倫理的とか道徳的とか理屈以上に、生理的に強烈なストッパーが組み込まれているという事だからな。

しかし幸不幸というのはよくわからないけど。

此間人と話してたんだよ。
私「宝くじはね、買わなきゃ当らない、買わない限りは確率がゼロだって事はわかってるんです」
人「そうですよ!買わなきゃ当りませんよ!」
私「でもですね、買ってみようかなと思うたびに、もし宝くじが当ったら一体どんな感じだろうと思うんですよ。一億とか当ったらどうしよう、どう使おうとか色々想像するじゃないですか」
人「良いですよね。何しようかなあ」
私「まだ当ってもいないのに夢が膨らみますよね。でも正直、考えるんです。もし当ったらですよ。もし買って、そしてありえないとは思うんですが、万が一にも一億が当ってしまったら?もし当ったら、○さんは自分はどうなると思いますか?」
人「え、どうなるんだろう?人生が一変しますよね」
私「一変するでしょうね。…私は、もし一億当ったら、駄目になります」
人「駄目になるんですか?」
私「なりますね。今よりもっと徹底的に駄目な人に。手に取るようにわかるんです。だから当ったらマズイんですよ。それで買えないでいるんですよ。当たると決まったわけでもないのに、てゆうか当りそうに無いのに、万が一に当った心配をしてしまって…」

だから私より人間の出来た友達が一億当って、豪華客船で世界一周の旅にでも招待してくれないかしら?という更に無さそうな夢を見ている。

いやだって私、もし一億なんか当ったら抱え込んで離すまいとしようとするような気がする。なんで高が一億の為にそんな不自由な人間にならねばならないのかと思うと、その一億を払うから心の平安が欲しいと思う。そんな金は一刻も早く手放すべきと思うんだが、しかし簡単に手放せるかというと微妙なんだよ。せっかく手に入れてしまったら、どうにかしてある程度まとまった金を手元に残したいとか思ってしまうに違いない。残してどうするのかって、別にアテはない。普通は当らんのだから、当らないなりに一生を送らねばならないというのに、もし当ってしまったら、それが無い状態で生きることは考えがたくなってしまう。「金である」というだけで、「これがあったら楽が出来そう」とか思ってしまう。どこでどう楽するのか想像できないのに。ドブに捨てても、後で困った時に「今アレがあったらなあ」と、詮無い事を思ってしまうに決まってる。不幸の元だ。もし当っていなければ、「今宝くじが当ったりしちゃわないだろうか?」という前向きな方向に迷えるのに。それも当ってさえいなければただの夢物語で、仮に無い金で無理に宝くじを買って外れて一文無しになっても「やっぱりそうよな」と笑って済ませられるのに、それ以前に一度でも当ってしまったら最後、現実的な発想のような気になってしまい「投資に失敗した」ような気持ちになってしまう。賭け事と投資は違うわけよ。
結論としては、そういうまとまった額の泡銭は持ちなれない凡人が手にしてはならないのよ。少なくとも私は駄目だ。上手く遊べそうに無い。金に遊ばれてしまう。


私の成長は乳幼児で止まってるのかもしれません。ゼロ歳児からの絵本ブルーナちゃんだったかは幼児向けとは思えないほど思いっきり無表情ですが、アレはゼロ歳児から一二歳までは顔に豊かな表情をつけてても、理解できないからなんだそうです。単に理解できないというより混乱するんだったかな?要するに黒い丸ぽちが横に二つ並んでさえいれば良いらしい。きっと私の趣味はそこで留まってるんだよ。
顔にぐっちょり表情が出るより、仕草とか声のトーンとかちょっとしたところで感情が漏れ漏れしてるほうが「キャ☆キャ☆」と好きなんですよ。
少なくとも、車のライトやサイドミラーやらワイパーやらは猫耳より萌える。

こないだ、…人間を動物に例えたらイカンと幼少期に言い聞かせられた気がするがそれはそれで置いといて、顔がガラパゴス諸島のリクイグアナに非常に似ている人がいて、もろめちゃ好みだったのでどうしようかと思った。うっとりだよ。凄く人間離れ。いつまでも見つめていたい御尊顔です。あの顔が忘れられません。しかもよく見ると眼鏡をさかさまに掛けていた。かっこよすぎる。あげく物凄く似合っていた。リクイグアナが眼鏡かけている顔を思い浮かべてください。似合いすぎる。

関係ないが、近所のコンビニの店長さんは中年太りの上に頭髪も薄くなった見掛けはその辺のただのオッサンだが、喋ってビックリ物凄く声が良い。声優さんというよりオペラ歌手にでもなるべきだったのではという深みのあるベルベットのような耳障りが最高の低くてよく伸びる声をしている。密かにファンなので、そこのコンビニに行ったらさりげに店長にレジを打っていただきたい心持。店長の美声で会計をしていただき、ありがとうございましたーとか言われると、オプションで良いもの貰った気になってホクホクになる。


やぐちまさき |MAIL