「最後まで見られなかった?」
「途中で、会場を出てしまったんです。…私」
昨日の試合。中国チームとの試合か。今日の会場の掲示板には結果が張り出されていた。大将の塔矢だけが勝ち、清春も進藤も負けていた。清春の結果には、特に何の感情も起こらなかった。清春のことはともかく、自分にとって囲碁はどうでもいいことだから。
「それは、進藤君が負けていたから…負け試合を見るのがつらかったからですか?」
「いいえ」
彼女ははっきりと答えた。
「いいえ、違います…。子供の運動会を見るような感覚できていた自分が恥ずかしかったんです。…あの子は…進藤ヒカルは、プロの世界で生きるか死ぬかの戦いをしていたのに」
そして、沈黙が続いた。 その沈黙の意味と、彼女がこうして今日再びここにやってきた理由が分からなかった。
「プロと言っても、まだ子供ですよ」
私はまた思わず月並みな事を口走ってしまった。 彼女はこちらを見て、微笑んだ。
「ええ。子供だけどプロ。プロだけれど子供です」
「そう。その子供の進む道を、私たちが教えていく義務と責任がある」
私の言葉に、彼女は不思議そうな顔をした。
「いいえ、社さん。そんなことより私は成長しなければならないのです」
「成長?」
「プロの子供を支えていく親として、私は変わらなければならない」
彼女はベンチから立ち上がった。
「そう思いながらも、こんなところでぐずぐずしている私ですけれど、ね。でも、もう行きます。もう一度ヒカルの試合を、プロの戦いとして、見に行ってきます。お会いできてよかったです。社さん」
言葉が上手く紡げずに、中途半端に口を開けた状態の私をよそに、彼女は一度お辞儀をすると、すたすたと歩き出して行った。
帰りの新幹線の中、私は彼女の言葉を繰り返した。
私は、成長しなければならない−−
清春を育て上げる土台となった自分の信念は、決して変わることはないだろう。 そうではあるが。
私も、変わらなければならないことがあるのだろうか−−?
会話の終りに、彼女が見せた凛とした表情が浮かんだ。
車内のアナウンスに我にかえると、目の前に、新幹線の窓に映った自分のしかめっ面があった。
私は、ついと目をそらした。
−−−−−−
・・・・・・終りでございます。 しょせんは人の親になった経験の無い私にはムリムリなテーマでございました…。
ああ、そういえばそろそろカウンターが2000になるなあ…。ありがたいことです。
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