sasakiの日記
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2011年09月09日(金)

瓦礫も大分排除されて、見た感じは大分綺麗になってきた。ただ、人口が大分減ってしまい、残る地域も少なくなる。追分温泉もまだ、避難所として頑張っていて、まだ30人以上いるということだ。何ヶ月経っても瓦礫だけが減って行くだけで、そこに住んでいる人の理不尽さは一向に減らない。どう考えてもやっぱり、国がはっきりとした手当を被災地の一人一人にするという事以外には、あいも変わらずない。本当の義援は国にみんなでプレッシャーをかけることなのでは?と最近思う。一番金を持ってる所は国で、被災者を何がなんでも救え!とアジテーションをし、国会の前をデモして揺さぶらないといけない。そしてその事をさらに大きな声でさけぶ。そうじゃないとこの、僕ら共通の迷子感というのはそう簡単には消えないと思う。どこからか?最初からか?作戦を間違えてしまったのかもしれない。僕らは60年、70年とデモがあった時代を知っている。人が集まると危険な事が起きると国は警戒する、何がなんでも集会が起きないようにと法律で蓋をしてしまって40年も経ってしまった。僕らの世代はやる気力を失ってしまい、もう少し年若い世代は、思いもつかない所に迄きてしまっていて、これは成立しない。
今日、年金定期便が来て65歳になったら、こういった金額が支払われるから待ってるようにという中身で、また、封をして見なかったことにする。
僕は被災者じゃないけど、65になったら年金被災者になる。年金でこの体たらく、国が東北地方を救おうと思える道理はない。でも、やっぱり、みんなで共闘してぶつかる頃合いだ。

書いててグッタリした。疲れる話だったかなあ?


sasaki