sasakiの日記
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2004年07月20日(火) ノスタルジア ’60

 ・懸命に走りぬけた時代
 ・怒りの原点
 ・あの頃は本当に面白かった
 ・熱気と空虚
 ・国のことを真剣に考えたような気になっていた
 ・今思えば夢のような時代だった
 ・ノスタルジア
 ・悪口を言いながら、肩をひそめながら、皆、皆あの上昇気分に乗っていた
 ・ARTもSoundもPOPなものがREVOLUTIONした時代
 ・ひどいものをひどいと言わず、情熱と呼んでやっても差し支えないんじゃないかというずぼらさが許された
 ・好きなものにひどくこだわっていた(僕は真崎守を買いに東京まで出かけた)
 ・今となれば夢の時代です。こんな時代が来るとは思わなかった
 ・一言ではかけません。いろいろありました
 ・もうはるか昔のような気がします
 ・キャンパスが新左翼のヘルメットで埋まった
 ・ヴェトナムではアメリカが追い詰められていた
 ・母親になった年です
 ・文化革命に皆拍手を送っていた
 ・後ろを振り返るということがありませんでした。今は後ろばかり振り返っています。
 ・敵がはっきりしていた。今は現実が目の前にあるせいで余計ぼやかされている
 ・60年代は詩と革命がそのラディカリズムにおいて手を携えたあったかのように夢想された一瞬の錯覚の時代であった
 ・6年代と言うのは青春時代だ。青春はやがて挫折が用意されていた。
 ・「心」と「物」のバランスが取れていた。それ以前は「物」が貧しかった。それ以降は「心」が貧しかった。
 ・あの頃は自分も時代も若かった
 ・間違いなく、世の中の方向だけが僕たちの手の届くところにあった。あと一押しが足りなかったんじゃないだろうか?
 ・若者がバブルガムかやアイスクリームから政治に興味を示し、人間が世界に対して目を向けるようになった時代

     いろんな人の言葉

 人工的ー拡大家族 家族は男も女も一緒によく集まって家族問題を投票で決める。戦争が起きた時も徴兵はなかった。誰が行くべきかを家族が決めた。平和な時代には誰が大学に行くべきかを家族が決めた。どんな学問を、どこで勉強するかも、そして、家族のみんなが衣服や旅費や月謝を出し合った。−−カート・ヴォネガット ”スラップ・スティック”

 パジャマの上着が見つからない。
 お願いだからパジャマの下もはいてよ
    インスピレーション   ブバリヤ
 朝から降る雨に
 路面電車 授業 休講(休み)

 路面電車には枯葉が降る

          フォーク集会 
             学生集会
            オックス
  
 悲しみが滲みてくる     アポロ11号
 デモの帰りは
 あの熱い

 1983年のノート


 歌のタイトルはいつの間にか「ノスタルジア ’70」に変わった。
 「ママ アメリカ」の次の時代

 幸一が死んだと言うニュースを一昨日聞いた。
 その頃のことだ。
  
 
 


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