sasakiの日記
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2002年05月20日(月) 1人コンサート

 
 今夜の月は満月  枯れ葉が舞っています
 坂のある街の古ぼけた
 ジャズの喫茶店

 汚れたテーブルに  ルンペンストーブ
 誰かが吹き始めたクラリネット
 リズムを打つワイヤブラシ

 客は僕だけの  1人コンサート

 
 
 行灯の消えた店に入っていくと、
 「済みません、もう閉めちゃったんですけど。」
 マスターとおぼしき男がテナーサックスを片手に入り口に向かってくる。
 「俺だよ。」
 「あっ、前田さん!しばらくぶりです。
 こんな遅くどうしたんですか?
 もう店閉めちゃったんですけど。」
 「洞爺の帰り。仕事だよ。
 通りすがりに横目で見たらまだ灯りがついていたから。
 コーヒー飲ませてくれないか?」
 僕らは洞爺でサマーキャンプという音楽のクリニックをするキャンプのゲストで昼間演奏して、その帰りだった。
 前田の運転にすっかりメンバー全員やられていた。
 目の前の車は何でも抜く。山道に入って追い禁があろうが、前方が確認できなくても、左側の山の斜面を斜めになって走り抜く。普通じゃなかった。
 小樽に入って時にはもう誰も話す気力は失せていた。
 
 「ちょうど練習してたところなんです。
 余ったコーヒーがありますから、それで良ければ?
 いいですか?」、マスターは指でマウスピースをあおりながら言う。
 「それでいい。サンキュゥ。」
 
 その店は国道5号線、小樽駅から少し離れた札幌寄りにあった。表から見ると普通の喫茶店然としていて、別にどうといった特徴らしいものもなく、ありきたりの店だった。んなかに入って初めてどういう店かがわかる。
 「ブラジル」。店の名前。ジャズの店。
 
 時々表を夜の車が走って行く。国道というのは昼間の間だけだ。
 中はピアノとサックスの音。知らない曲だ。
 夜中の演奏。
 僕らの音楽よりは遙かに高尚だった。
 その時の正直な感想だった。
 
 ジャズは何時だって僕らを差別していた。
 
 時々モードの話が僕らの間で出ることがあったが、誰1人その実態なんか知らなかったはずだ。

 
 スタジオを出るともううっすらと空が白み始めていた。
 ディレクターの星川がバッグをたすき掛けにして地下の駐車場から出てくる。
 「今日は午後出だな。どうする?送っていこうか?途中だから。」
 「いや、いい。歩いていくわ。近いし、それにクールダウンしないと寝られそうもないから。それに、腹も少し空いてるし。」
 スタジオにはいるといつも不眠症になる。
 「お先ぃー。おやすみぃー。」、エンジニアーの宮の車がウィンドウに出された手と一緒に坂道を降りて行く。
 「明日、入れられたら、唄、入れたいから体の調子完璧にしておいて。
 それとさあ、1人コンサートの頭さあ?、SE入れない?
 ジッポの音をきっかけにイントロに入るのどう?」
 
 鳥が起きた。

 坂を下りて少し歩くともう渋谷の東口に出る。
 「じゃ、僕はここで車拾うから。」、星川はいきなり手をあげ、三鷹目指して帰って行った。
 
 
 まだ開いていない売店の脇に今日の新聞が束になって積まれている。
 段ボールをリヤカーに積んだ老人が信号を渡る。
 空車マークをつけたまま眠り込む客待ちのタクシー。
 駅の壁に座り込んでいるカップル。
 ゲームセンターからは電子音が溢れてくる。
 空が蒼からピンクに変わる時間。

 ラブホテルから朝の光におびき出されたカップルが三々五々駅に向かう。
 札幌はそろそろ寒くなってくる頃だ。
 ホテルに着いたら電話をしよう。
 

 

 
  


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