2009年10月01日(木)
ぶたさんのとうへんぼくっ!
「今晩のおかずの予定を牛肉からめざしに変えてでも、私は娘に本を買い与えたい」と妻は夫に言った。
「焼酎のつまみになれば、めざしだろうがなんでもいいよ」と、呑気な夫はそう答えた。
かどうかは定かではないが、ともかく幼い頃から私の部屋は本で溢れていた。
それもこれも母の「牛肉をめざしに変えてでも〜」の教育方針と父の理解のお蔭である。
自分で選べるようになるまでは母が買って来たものを読み聞かせしてもらっていたが、「ノンタン」シリーズは可愛らしくて親子ともども気にいり、割合揃っていた覚えがある。
その中でも「ノンタンのたんじょうび」は見返しに「ノンタンクッキーのつくりかた」が載っていたので、それを参考にクッキーやパンを一緒に作ったりしていた。
本屋の絵本コーナーに立ち寄ったら「ノンタンのたんじょうび」は1980年の刊行以降、今でもなお重版が掛かって現役で売られていたので、懐かしくなり買ってしまった。
友達のくまさん、ぶたさん、たぬきさん、うさぎさん達が、何故か今日はノンタンが話しかけたり遊ぼうと誘っても乗って来ない。
それどころかみんなしてノンタンを仲間はずれにする。。
仲間はずれにされて、泣きながら去っていくのだが、今見てもここのシーンは何だか切なくなり、泣けてしまう。
友達たちがノンタンを仲間はずれにしたのはいじめたいからではなく、ノンタンのバースディパーティーを開くためであり、最後はみんなが作ってくれたノンタンクッキーやケーキを食べたりして、誤解はとける、というのが大体のあらすじだが、何回も読みなおすと、泣けるシーンの中に(おや?)と思う箇所があることに気づく。
家の中で何をみんながしているのか気になるノンタンが窓からこっそり覗こうとするのだが、それに気づいたみんなは窓を開けると
「ばあ!」「べ〜っ!」「い〜だ!」
と口々に叫んで追い返す。
追い返されたノンタンは憎まれ口を叩きつつ泣きながら去っていくが、そのセリフが
「くまさんのどてかぼちゃ!」「たぬきさんのおたんこなす!」まではまぁ良しとしよう。
「うさぎさんのへちゃむくれ!」…巻末のケーキに立ったろうそくの数から、ノンタンは4歳の誕生日を迎えることが分かるが、4歳が“へちゃむくれ”なんて知ってるかな。
もっとあり得ないのが
「ぶたさんのとうへんぼくっ!」。
何度も繰り返すが4歳児。
漢字にすると「豚さんの唐変木!」
選ぶ語彙の渋さからいって、ノンタン、実は4歳では無くて40歳の誕生日だったんじゃなかろうか。
ちなみに去り際の最後のセリフは「もういいよ。あそんであげないから……」で、次のページが「つまんないの……」と一人うちひしがれているノンタン。
3〜4歳の頃から変わらず今も、この一連の流れでうるっと来る。
この本、もしかしたら3歳の誕生日に買ってくれたのかもしれないが、確かめる術がない。
母が亡くなったことで、物心が付く前の“私”がどうだったのかを知ることは困難になった。
母は2000年の12月に亡くなったので、来年は亡くなってちょうど10年になる。
(10年近く経っても、こんなに喪失感は生々しいのか)と、時々愕然とする。
この世の中のどこを探しても母はもういない、ということを何の前触れもなくふっと思うことがあり、それに気づいた途端、無力感と喪失感ととてつもない寂しさがたやすく蘇ってくる。
恐らく、それは私が死ぬまで続くのだろう。
思い出すことは辛いが、実感が生々しい間は、母が心の中でまだ生き続けているということ。
唐突に話が変わるが、買い物の予定があったので近所の商店街を歩いていたら、商店街の中にあるお寺の門前で、琵琶法師が何やら琵琶を弾きながら唄っていた。
もうすっかり暗くなっている門前に琵琶法師。
正直、びびった。
買い物が済んだ後、恐いもの見たさで再びその前を通ったら、どこかのお婆さんが深々と合掌しながら聞き入っていた。
あの年になれば、夕暮れの琵琶法師にも動じなくなるのだな、と少々羨ましくなった。
ちなみに、この街には不定期に路上三味線弾きも現れる。
そのうちゲリラ雅楽とか行われるかも。
御所車から出てくるとか。