つらつらきまま


2006年01月06日(金)
NISHIMOTO


実家から数本ビデオを送ってもらい、ダビング作業に勤しむ。
 確か去年もこの時期ダビングしてたなぁ。 
 年度末に掛けてめっちゃ忙しくて余裕が無い今日この頃というのに。
 目の前に立ちはだかる嫌なことや障害からはとにかく逃げることにするのが、ここ最近の私の信条。
 情けない…。

それはそうと、ダビング。
 録画したことを自分でも忘れてたものが意外とあり、(私、熱心やったんやなぁ)と、4〜5年前の自分に驚いた。
 2丁拳銃が出るからと、素人、ましてや他人の子供の歌なんか全く興味ないのに「BSジュニアのど自慢」なんていう番組を録画してたりとか。
 当時の挑戦者はもう成人してるだろうなぁ。

 541KBを取った時のハリガネを記念として録画したのは分かるが、別になんてことは無いキロバトルの時も録画していた。
 それもハリガネ出演分のみで、その前後は無し。
 これと同じことを2丁拳銃が「誰でもピカソ」に出た回の時もしていて、映ってたのはOP&2丁拳銃ネタ&チャンバラトリオさんからハリセンでしばかれる小堀さん&EDのみ。
 何の前触れも無く映像がブチッ、ブチッと切れてはニチョケンが現れるのは何かシュールだった。
 2000年12月&01年秋に2丁拳銃が出た「笑いが一番」は、昔の映像の割にはあまり画質が荒れてなくて、(何故?)と思ったら、話は簡単。
 当時の私は“何が何でも2丁拳銃がテレビに出る時は必ず録画”&“もちろん画質は標準”をモットーとしていたからだった。
 熱心だ、熱心だ、本当に熱心だ。
 その熱心さをもっと他のことに向ける気は無かったのか、当時の私よ。

タイトルにあげた“NISHIMOTO”は、何の理由だったかは忘れたが改名していた2002年頃のFUJIWARAの芸名。
 今では無かったことのようになっているが、そういえばそうだった、と字幕テロップを見た時思わず(あぁ〜)と声に出してしまった。
 1998年のABCお笑いグランプリのビデオを見た時も、“次長・課長”が出ているのが分かった途端、(おぉ〜今をときめく次課長!)と身を乗り出した。
 そんなにお笑い事情が良くは無い長崎に住んでいる友達も知ってたから、やっぱり知名度はそこそこ全国区なんだろうなぁ。
 凄いことだ。
 ちなみにその友達は中学の同級生だから、もう10年以上の付き合い。
 私の歴代ハマリ芸人をしっかり覚えており、最後に会った時と変わらずにまだ2丁拳銃のファンということに驚いていた。
 3ヶ月で飽きた芸人もいたからなぁ。



 Written and  arranged by  seri   || スキン by エンピツスキンニュース++