つらつらきまま


2005年10月14日(金)
RICE-TONE CIRCLE(1)


一度は手に入れたのに、メール便で送られたものをどこぞのすっとこどっこいから届いたその日にポストから抜き取られて涙した日から約半年。
 再びamazonで注文し、今回は無事入手。
 早速聴く。

これを買った一番の目的は未収録版「昆虫ロック」。
 ドラムが一郎さんじゃない頃のゆらゆら。
 早速これを再生。
 坂本さんの声が若かった。
 年齢不詳、日本で生活していることすら信じられないゆらゆら帝国だが、9年前はやはり9年前分若かったのね、と思う。
 「彼女のサソリ」も入っていたが、この曲も好きだった。
 
今回、ゆらゆら以外のバンドは知らなかったので、ゆらゆら以外全く気持ちが動かなかったらどうしようと思っていたが、好きと思う系統ばかりだったから良かった。
 SUPER BUTTER DOGというバンドの「DISCO DRUMMER」という曲が好きだと思ったので検索を掛けたら活動休止中。
 ボーカルは現在ハナレグミをやっている永積タカシさん。
 そのことを全く知らなかったので普通に驚いた。
 「さよならCOLOR」という曲は何となく気になっていたので、偶然が偶然をうまいこと呼ぶなあ、なんて思った。

 後、マチコミやフリーボといった女性ボーカルも好きだった。
 これは私にしては珍しい。
 コンスタントに聴く女性ボーカルといったら最近はGO!GO!7188ぐらいなので。

 snap onというバンドも聞いてたら気になったので検索を掛けたがヒットしない。
 今も活動をしているのか、メンバーは誰なのか気になる。

この間ナオさんとちょっとライブについて喋ったときのこと。
 今はそんなこと無いだろうが、私が10代だった頃の長崎に“ライブ”というものは殆ど存在していなかったと思う。
 あるのは“コンサート”だ。
 やってるジャンルが演歌だろうがロックだろうがヘビメタだろうが、唄っている人は全て“歌手”と呼ばれ、ライブもギグもショーも全て<コンサート>と呼ばれた。
 中学の卒業文集に友達が
 「好きなアーティスト:B'z」
 と書いたところ担任がわざわざ呼び出し
 「アーティストとは芸術家をいうことだから、この場合は相応しくない。
  ミケランジェロとかそういう人を書きなさい」
 と注意されたことがあるぐらいだ。
 なんちゅう時代だ。

 でもその<コンサート>も長崎では殆どやらなかった。
 それは地の利のせいだと思っていたが、長崎ブリックホールが出来てから続々とメジャーどころが長崎公演をやってくれるようになったところを見たら、地形だけのせいではなかったようだ。
 それは分からなくも無いし責められない。
 チケットが無くても公会堂横の広場にいたら7割音が外に漏れ出てくるような長崎市公会堂でやれ、なんて地元民でもさすがに申し訳無くて言えなかった。
 だから、そんな公会堂でもやってくれるミュージシャンはそれだけで好印象だった。
 私が高校生の頃spitzを好きになったのは、そんな公会堂でもライブをやってくれるバンドだったから、というのも理由にある。

私が初めて“コンサート”に行ったのは中3の時で、CHAGE&ASKAの「史上最大の作戦ツアー」だった。
 福岡国際センターのアリーナ10列目だったと思う。
 これが初ライブだったので、私の頭には

 「会場はホール規模」「全席指定」「アリーナ」=「音楽ライブ」

 という図式が刷り込まれた。
 2001年11月まで私はライブハウスのライブは参加したことが無かった。

 そんな私の初ライブハウスだったのが、2丁拳銃の「全国銃弾“うた”ツアー」。
 15歳だった私は8年後、自分がコメディシャンのライブを見に行くようになるなんて思ってもいないだろう。
 おまけに確かソニーミュージックの先行だかなんだかに当然のごとく張り切って応募したら当選し、無料ライブの上にめっちゃ早い整理番号だった。
 で、前から2列目ぐらいを奇跡的にキープしてずっと左側にいた。
 意味も無く、目的も無く。
 これ以降全席指定のライブを含め、私は2丁拳銃のライブの8割は恐らく左側で見ている。
 この位置で見ることに慣れているので、偶に右ブロックで見ると首が凝ったりする。
 定番の見位置。

そういえばもうニチョの新譜のジャケット完成してるんですね。
 早ー。



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