「2丁目拳銃」と本当に間違える人に今日出会ってしまった。
(本当に間違える人っているんだ〜)
と何なら、新鮮な感動すら覚えた。
2丁目劇場のことについて話してた時だったので、間違えるのもしょうがなかろう。
「ちょっとちょっと、2丁目拳銃さ〜ん」
と漫才で小堀さんが言ってた口調がポ〜ン、と浮かんだ。
(小)「後な、“ちょっとちょっと、2丁目建設さん”」
(修)「間違い過ぎですね」というやりとりも。
いとし師匠の追悼番組を何度も繰り返し見てしまう。
仕事のパートナーと肉親を一度に失ったこいしさんの気丈さが悲しくてカッコイイ。
「漫才は2人の喋りが基本。これは無くしてもらいたくない」
と最後当たりに言っておられた。
深く同意しながら、それをもうやれない(もしくは、やりたくない)と、本人達が思ってしまったら、やっぱり解散とかはしょうがないことなのかもなぁ…と思った。
昨日までは確かなかったように思うハリガネの大阪単独ライブ情報が@ぴあに出ていた。
この日は「NUTS」に私は行く。
一瞬、「NUTS」を蹴ろうかと思ったけど、発売日が休日出勤で、キャパや演者を考えるとすぐ完売するだろうから、おとなしく銀座ガスホールへ行くことにする。
「NUTS」も今回を逃したらいつ行けるか未定だし。
嘗て、2丁拳銃の公録とハリガネらbaseメンバーの福岡公演がかぶったことがあった。
自分たちがやってるからあっち(劇場)はあんまり入ってへんらしい、と嬉しそうに休憩時間の時に言ってた小堀さんだったが、
(えっ!?ハリガネもルートも劇場に来てんの?)
と俄かに客がざわめきだすと、
「ハリガネが良かったん?こっち無料や〜ん」
と拗ねていた、そういえば(^^;。
そしてどっちの客が多いとか少ないとかいうのには相変わらず興味がなさそうな修士さんだった。
何度も日記やBBSに書いてるけど、ハリガネがM-1に今年も出る、と聞いても別に何の感慨も浮かばなかった。
むしろ
(出ないって言ってたやん。
何だ、結局今年も出るんだ)
と、非常に冷ややかだった。
「ハリガネらしい漫才を見たい」と何度か書いたけど、これも、本心で思ってる訳じゃないよなぁという感じだった。
M-1でどんなハリガネを見たいのか、というイメージが何も浮かんで来ないから、どんなことを書いても、嘘っぽかった。
が、ワッハ上方ホールで急に単独をする、と知った時はうれしかった。
そして変な話だが、この単独をやるのなら、M-1に出るハリガネに対して、素直に
(頑張って欲しいなぁ)
と思うようになった。
ワッハ上方ホールのキャパは約300。
ハリガネロックだったら難なく集められる数だ。
これ以上のキャパでも多分そこそこいける。
NGKでも大丈夫だろう。
けれど、「ワッハ上方」だから私は嬉しかった。
ワッハ上方のHPには「ワッハ上方」の理念について
>(上方演芸を)「残す」「楽しむ」「挑戦する」がワッハ上方の理念であり、全国でもめずらしい「笑いと演芸」をテーマにした公立施設です。
と書いてある。
「残す」
「楽しむ」
「挑戦する」
これは、私が一番見たいと思ってるハリガネロックの姿と同じかもしれない。
2人のしゃべくりで世界を織り成すという、まさしく“話芸”そのものである<漫才>をいつまでも見せ続けて欲しい。
試行錯誤をしながらも、常に自分たちに合う新しい試みをして欲しい。
一方で、<昭和の香りが漂う>オーソドックスなスタイルの漫才も忘れないで欲しい。
そういうことをハリガネロックに望んでいて、ハリガネロックならそれをやってくれるんじゃないかなぁ、と思っている。