電車の中で幼児が泣いている。 直接の原因は分からないけれど、泣く理由があったのだろう。
ふと考える。 感情と表現はどうして万人共通なのか。
例えば言語は各国共通のものではない。 環境などによって左右される。
考え方にしてもそうだ。 各国で理解しきれない、文化の違いを痛感する人もいるだろう。 上手く合わせられる人もいるかもしれないが 合わせるということと、それと同じであるということは違う。
そして、これだけ多様な(少なくとも人間という系でみれば) 個体がたくさん集まっているにもかかわらず どうして楽しければ笑って、悲しければ泣いてと 感情に対する表現は一律なのか。
本能だからか?
多分、作為的に「痛いときには笑う」という演技を行い その中で子供を育てたとしたらどうだろう? それでもやっぱり、痛いときには泣いてしまうのではないか。
考える、という部分が関与する時には 環境によってその事象の位置づけを変えることはできる。 が、本能に近い部分については変えられないのではないか。
しかし。
本能という割には、あまりにも人間に限定されすぎていないか? 見えていないだけかもしれないが ほかの動物と共通するものではない気がする。 本能であるならば、ほかの動物と共通する気がするのだが。
楽しいとか悲しいという思考そのものが 理解できなければ感情や表現に結びつかない。 しかし人の思考にしてはあまりにも万人に共通しすぎている。
いったい、感情や表現とは何者なのだろうか?
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