1日雑記

2007年05月08日(火)


つまり、人が人と同じような行動をとる事は自然なことなのだ。
同じという事はつまり、
同族の先人達の経験によるものなのだから。
一人一人の人生は短く、また強くも無い。
個人の経験ではなく、種としての経験を蓄積しなければ
種としての存続はかなわない。
食べるものがキノコしかないような状況において
どのキノコならば食べても安全かというのは
経験的に判断された事だろう。
フグを食べて死んだ人間が居れば
周りの人間は問題の部分を除いて食べようとする。
個人の経験としては、毒にあたった人間はそこで終わりだが
種として同じ過ちを繰り返す事は少ないのである。

ライオンから逃げる動物が居たとする。
何も経験していなければ、その個体は逃げないだろう。
無謀にも挑みかかり、返り討ちにあったものもいるかもしれない。
が、全体としてみれば経験として逃げる個体が圧倒的である。

何に対して安全であるか、という観点から考えたとき
周りと同じ行動をとるのは賢明な事なのだ。
多くの場合、先人達の経験を反映した行動になるからである。
それは生きることにつながるという意味で
本能と呼んでいいのではなかろうか?

先駆者、イレギュラー、異端。
天才と馬鹿。
外れた人間が名誉を残すこともあるが
あくまで結果てきなものであり、
一方から見ればそれは何の意味もない。
進化や探究心といえば聞こえもいいが
見方を変えれば人身御供でもある。
例えば変わった事をして目立とうとすれば
それだけリスクがある以上、
本能から外れているとも言えなくも無い。
結果的に得られた名誉を幸福と思うのは
人間くらいのものである。
そう考えたとき、他の動物から見て人間は明らかに『異端』である。

話がそれたが
周りと同じ行動をとる事は必然といっても良い。
決まりきった事、固定観念にだって意味はあるということである。

さて、これだけ述べた上で言いたい事は
納豆にワサビは合わなかったよ、と。


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