通勤途中、犬に話しかけている人を見た。
まぁ、それ自体はあまり珍しいものでもない。 だが、言う事を聞かない犬を見ていて、ふと思う。
なぜ犬はしゃべれないのだろう? なぜ犬は人の言葉を理解しないのだろう?
人間の赤ん坊を考える。 赤ん坊はその育つ環境の言語を体得する。 日本なら日本語だろうしアメリカなら英語。
つまり、その環境によって 必要となる意思伝達を覚えるわけである。
ごく、当たり前のような話だが、 それなら生まれたばかりの頃から 人に話しかけられていた犬はどうなのだろう? 人の言葉をなぜ理解しないのか?
脳みその大きさの違いといってしまうのは容易いが それほど、覚えられないものなのだろうか? 容量並みに、断片的、あるいは一部を理解するのではないか?
もちろん、〜して、といえばやってくれる犬もいるわけで ある程度理解してると考えられなくは無いのだが…… あれらは、どちらかというと躾であって 言語の理解とはまた少し違うきもするのである。
そもそも、言語というもの自体が不思議なもので 非常にわかりにくい。 こんな意思疎通方法が発達したことこそ、奇跡みたいなものだと思う。
そう考えると、またわからない事がある。 人間の鳴き声とはどういうものか?
最初から言語を習得していたら それはもやは自然ではない。 何かから形作られるはずであるが、 その何かというのは鳴き声だろう。
人が猿に近いという事を考えると キーキーというような声かもしれない。
赤ん坊がうーとかあーとか言うことを考えれば これから進化してうーうーとかあーあーとかかもしれない。
が、これらをどうすれば言葉などという体系だったものになるのか。
要するに、動物が言葉を理解できない あるいは人が動物の言葉を理解できないという事を考えると もしかすると、思っている以上に 動物の鳴き声と人の言葉というのはかけ離れているのではないか。
根本的なものが違うから、 意思の疎通がうまくいかないのではないか。
狼に育てられた少女の話なんてものもあるけれど ……うーん、よくわからないね。
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