1日雑記

2006年10月02日(月)

話を書くとき、最近悩む。

学問的な文学は学んだ事がないので(義務教育はともかく)
こういう考え方が正しいものなのかは分からない。
ただの私の感覚であることを最初に明記しておく。

当初書いた話は、
視点が一人称だったり、三人称だったりと
統一感がないものであった。
作者的一人称とでも言えばいいのかもしれない。

そのことに気づいて以後、全て三人称で書くようにしている。
が、最近それについても悩むようになってきた。

カメラが何処にあるのかわからない。

一応物語りなのだから、主人公がいる。
主人公の心情を描写する事は、比較的容易だ。
それでは、その周りの人間の心情は描写すべきであろうか?

三人称、それも『神の視点』で話を語り、
読み手に伝えるのであれば
人物が透明で、心の中も覗ける舞台を用意できる。
その場合、便宜的な主人公で単純に物語の中心でしかない。
読み手は登場人物の行動を
上からの視点で見ることが出来る。

次に、主人公の視点から見た三人称。
こちらは主人公の視点なので、主人公以外の心情は読み取りづらい。
読み手は主人公の行動と共に動くので感情移入がしやすい。
ほとんど一人称と変わらないが、
主人公以外の場面に話を移す時に書き易い。
また、作者として文章の中で補足説明をしやすい。

一人称の場合、
これはもう完璧に主人公が読み手の分身となる。
一方、主人公が居ない場所の話を書こうと思うと
どうして良いのか分からなくなる。
見えないところで起こっていることが重要な事もあるのだ。

そう考えた時に現在の自分の書き方を思い返してみる。
最初の二つがごちゃ混ぜになっていて統一感にかける。
統一感を出すためには、全てを神の視点で書けばいい。
……書けばいいのだが、つまらない。

読み手にとって、登場人物が語るのは全て本音になってしまう。
道行く人の心の中まで全て見える世界を想像する。
それを箱庭の中に詰め込んで、上から観察する。
いや、それはそれで面白いんだけど、求めているものと違う。

あくまでも、主人公の視点から周りを観察する。
等身大の世界を書いてみたい。

何も考えずに勢いだけで書くと
この辺がごちゃごちゃになる。
神の視点かと思えば主人公の視点から物を見て
主人公の視点かと思えば神の視点となる。

周りの人間の心情が描写されたり、されなかったりするわけだ。
ただ、神の視点で物を書いても、周りの人間の心情を
全て描写するわけではないので、この変化に気づき辛い。

基本的に書きたいのは主人公の視点なのだが
そうすると一人称に非常に近くなり、三人称で行う意味が薄れる。
また、主人公の居ない場所での会話の中に
人の心情を書いていいものか、迷う。

以前の一人称と三人称の混同していた頃は
どちらかに統一すれば良いと簡単に結論が出たのだが
今回のことについては解答がさっぱり分からない。
どちらが良いのか、も判断がつかない。
既に混同して話を書いているのだから
途中から変えるとそれこそ違和感の原因となる。

しかし、1度違和感に気づいてしまった以上
放置する事は出来ないだろう。
美味しいとこだけ取り出して混ぜても
美味しい料理が出来上がるわけじゃない。
最低限の味の統一は必要だと思うのだ……。


 < 過去  INDEX  未来 >


PITZ [MAIL]

My追加