1日雑記

2006年01月22日(日)

私の家の近くに「パルテノン多摩」
とか言う名前の施設があります。
駅からまっすぐ歩いて見える場所にあるんですが
結構長い階段がデーンと構えています。
近い割りに行ったことが無かったので
雪見の散歩ついでに階段上ってみる事に。

階段のゴールは結構高い位置にあるので
下からだと上がどうなっているのかいまいち分からない。
そういう時って階段上ってるとわくわくするんですよね。

まぁそれはそれとして
行ってみるとかなりでかい公園がありました。
雪が降った後ということもあり
子供づれ、ペット連れの多いこと多いこと。
木々も結構あったし池もある。
かなりゆっくりとした時間の流れる場所だったので
ノンビリと散歩してみると雪だるまがいくつか目に付く。
なんとなく心地よくあるいていて、ふと。

たとえば、自然が多いって良く口にする。
今日行ったところだって、木があって水が流れてて。
でもそれは見せるために作為的に作られた空間だと
今更ながらに気づいたわけです。

山でもいいですが、人の多いところは歩けるようになってます。
地方に出かけて空気を吸ったりしても
それは見ることを前提に整備されたものです。
そういう時点で自然という言葉が壊れてる気がしたんですよね。
作為的なものである時点で、
それはもはや自然じゃないんじゃなかろうかと。

じゃ、生えたい放題に草が茂って
虫がそこらじゅうに飛び交っている中で
自然はいいな、と素直に思えるか。
答えはNOです。

公園にある雪だるまでもいいです。
東京ということもあって、時々汚れた雪だるまの多いこと。
土の汚れとか色々。
それに対して真っ白い雪だるま。
どっちが好きですか?
恐らく、真っ白い方と答える人が大半だとおもうのですよ。

でも、土や草を巻き込むほうがむしろ自然ですよね。
舗装された道と違って。
まぁ、公園の辺りにある土や草は
作られたものなのでこの限りでもないですし
雪の量によって雪だるまも変わってくるので
はっきりとは言えませんが。

自然だといってほほえましく思う一方で
良いと感じる自然そのものが不自然であるという事実に
気づいているようで気づかない振りしていて。
どっちが好きかと聞かれると
不自然の方が好きだというどうにもならないもどかしさ。

難しいです。


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