言葉の定義づけ。 相変わらず唐突に頭に浮かんだので。
「まやにんや」「みうぎ」「えよあば」 適当に言葉を羅列してみた。 テキストをパソコンで書いていると 変換には沢山の候補があることが分かる。 同音異義語、とでも言うのか。
英語などでもスペルが同じで意味が違う、 発音が同じで意味が違うものが沢山ある。 そういうのを見ると、とても分かりづらいと思うわけだが……。
日本語も負けず劣らず、 沢山の意味が同じ言葉の羅列で存在している。
言葉というのはつまりは組み合わせだ。 文字というものの組み合わせで意味を成す。 少し見方を変えると、文字の組み合わせに意味づけをしている。
最初にかいた適当な文字の羅列。 これらには(多分)意味が持たされていない。 そんな文字列など、いくらでもあるだろう。
なのになぜ、同じ言葉の羅列に違う意味をつけるのか?
ちょっと計算してみよう。 もしも日本語が50音ならば(厳密には違うし、濁点などあるけれど) 3文字の日本語があったとしたら 50×50×50通り、つまり125000通りの 文字列が存在する事になる。 3文字の羅列だけでも、可能性としては125000通りの 意味を付加することが出来るのだ。
可能性があるのに使われないのは悲しい。 スペースがあるのに使われないのはやはり悲しい。
言葉とは本当に効率的な道具なのだろうか?
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