私に何ができるだろうか。
何かに特化したい。 そういう願望はあるものの、それは主役じゃないわけだ。
……せめて、ねぇ。
そういえば先日新聞を眺めていたら 「何故死んだらいけないのか」というフレーズが出ていた。
なんだか、ちょいと前にそんなことを日記に書いた気もするが 同じようなこと考える人はたくさんいるんだなぁ、と。 同じうんぬん以前にかなり陳腐なフレーズではあるんだが。
タイトル見たら「死の壁」だったか、最近流行の本。 なるほどな、と思いながらも買う気にはならない。
―――以下は半分くらい冗談で構成されます。
そろそろ人は本というものから脱却していくべきなのではないか。 本という情報媒体は、一方的な情報である。 例えばTVという情報媒体もまた、一方的である。 確かに、一方的に情報を与えるものは多い。 だが、テレビを見てみると分かるように 最近では双方向性をもったものになりつつある。 インターネットでもそうだ。メールや掲示板というものを利用することで 決して一方向ではなく、相互に意見を述べる環境があるのである。 そういう環境にあって、本というものは ただ、一方的に伝えるものであり、作者に手紙を書くというのも あまり普及している意見交換の手段とはいえないであろう。
人は間違いを間違いと認めることができるし 間違いから新たな事実をつかむこともできる。 時代は常に進み、時代は常に新しくなる。 古い情報をいつまでも保持するのは 歴史的な観点から言えば無益ではないものの 技術的な観点から言えば無益どころか有害である。 例え名著と言われるような書籍であったとしても その技術的な内容が色あせないか、といえばそうでもない。
そのとき、本という媒体は改訂することはできても その本質、そのものを変えることができないことを考えれば 常に遅れた情報を保持しつづける 情報媒体であると考えられるのではないだろうか。
さらに本を調べるというのはその処理速度についても問題がある。 山積みにされた本の中から一つの目的を取り出すのには 膨大な時間がかかるであろう。 だが、電子データであるならば、検索一つでずいぶん時間を短縮できる。 例えばデータベースという分野において それが発展してきたのはその利便性からである。 そういう観点から考えても本という媒体にこだわることで 作業効率を落としていることは否定できまい。
つまり、人は本から脱却していくべきである。 いつまでも本に頼ることは、決して利口ではない。
……と、まぁ半分くらいは冗談ですが。
|