無事、イラクで人質となっていた3人が開放されました。 良かったね、とまず言いたい。
さて、この先について考えてみる。
女性の方、カメラマン共に またイラクに行く意思はあるようなコメントであった。
昨日友人と議論にもすこしなったのだが……。 さて、これで再びイラクを訪れ、つかまってしまった場合 我々はどのように感じるだろうか。
今回のことでも、自己責任でイラクに滞在し(目的はともかくとして) その上でつかまってしまったのであり、 彼らのことで国がどうするということはわがままだ、と。
確かに正論である。 ご家族が懸命に助けてくれと訴えていた。 それを見て胸を痛める人がいる半面 こんなに悲しむなら行かせなければ良かったではないか というような意見もある。
しかし、少し思い返してみれば 人質となったことで政府は責めていない。 本心はどうか知らないが人道支援、と言うことで 人質をとったグループを責めることはするが 人質となった3人について責任を求めることは言っていないのだ。
あくまで悪いのは犯人グループであり 3人は悪くない、ならば彼らが責められる理由は無い。 そう解釈もできるのではないか。
そして、彼らを責めない政府は我々が選んだ政党なのである。 この後の事は知らないが 現状で彼らは攻められる立場に無い。
もしも選挙にも行かず、 彼らを非難したり自衛隊に意見している人がいれば 私は笑うだろう。 (選挙権を持ってる人をですよ)
どうでもいいのだが ディスカッションというものがある。
自分の意見をもって相手と議論する。 これが面白いもので 相手の意見が自分の物と違うということで否定していくと だんだん自分の意見のつじつまが合わなくなっていく。
これは経験の少ない人ほどその傾向が強いと思うのだが……。
最終的にできるものは穴だらけの奇妙な意見になってしまう。 こういうのって楽しいな、と思う。 皮肉じゃなくて、純粋に楽しめると思うのだ。
……最近はその機会も減っちゃったなぁ。
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