一つ悩んでみたわけです。
私は家という空間が好きですが 本日廊下から玄関のドアを開け、外に出るときにふと。
「暗いなぁ」
外では馬鹿馬鹿しいほど大きな光のエネルギーがあふれています。 要するに太陽の光。
人は火というものを使い 他の動物よりも優れた(?)進化を遂げました。 それは夜でも明かりを灯す事ができる画期的な道具でもあります。
闇を恐れている、という言葉が正確であるかどうかはともかくとして 日光という大きなエネルギーを遮り暗闇を作り 電気という大きなエネルギーを発生させ、光を作る。
ここに何か大きな矛盾があるのではないかと感じたわけです。
省エネと叫びながら、我々のやっていることはいったい何なのでしょうか?
新聞を見ていたら天声人語の総編集のようなものが 発売されると書いてありました。
ふと思えば、社説は最近読むけれど 天声人語はあまり読まないなぁと。
中学から高校受験のとき、天声人語を読んだほうがいいと 学校の先生に言われた記憶があります。
結局、新聞に目を通し始めたのは大学生になってからですが 天声人語を良く事は稀です。
これについても理由を考えてみました。
先日、暇だったので携帯からYahooにアクセスして 掲示板を覗いていたら 朝日新聞は偏っている、といった内容の書き込みがありました。
中身を読んでみてなるほどなぁ、と思うところもいくつか。
そんなこととか考えながら思い返してみれば 私がすきなのは他者を批判したゴシップ的な部分なのだろうかと。
あまり認めたくない自分の一面ではあるけれど 他人を貶した記事を読むことで 知らず知らずに優越感を感じていたのではないかと思ったわけです。
その裏づけか、あまり日経新聞(夕刊は日経です)を 読もうとおもわないんですよね。
聖人君子でありたいとは思わないまでも 人を貶すことで悦に浸ることはゆるしがたい性格……。 さてどうしたものか。
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